十年後、子供達はどうやって宿題をしているだろう

bookscannerさん(id:bookscanner)の本の電子化に関する講義を理解できる範囲で辿りながら、また、途中で参入していただいた美崎薫さんのめくるめく言葉の数々を目にしながら、平凡な文系人間はほとんど思考停止状態に近いありさまで、ここ数日は地べたを這うような話しか書き付けていないのは、そこいらの心の持ちようと無縁ではない。


技術的な議論になるとまったくちんぷんかんぷんだが、そのあたりの素人にとってのブラックボックスを脇にどけておくとして、少なくとも、bookscannerさんのおかげで言葉だろうが、地図だろうが、写真だろうが、あらゆる形で表現される意味を関係づけることによって新しい価値を創出しようとしているグーグルのイメージは大いに補強されることになった。とくに、書籍という、過去の英知をネット化する仕事が進行している現場の一端を垣間見せていただいたのはこれまでに経験したことのない刺激だ。bookscannerさん、ありがとうございます。


「グーグルが本の電子化で狙う「うまみ」の正体は」(『三上のブログ』2006年9月23日)へのコメントでeditech(id:editech)さんが「仮想脳」という言葉をお使いになっているが、たぶんそのあたりがグーグルの試みを分かりやすく理解するためのもっとも妥当な比喩なのだろうと思う。


僕自身は、もっと卑近に高度宿題システムが出来上がるんだと勝手に理解している。中・高・大と揃ったうちの子供らを見ていると、宿題でインターネットを利用しないことはない。グーグルは奴らにとってそれなしでは学校生活が送れないほど必要不可欠なレポート作成マシーンなんだな。たぶん、ダヴィンチ、シェークスピアヘーゲルマキャベリリカード、ボーア、フリードマンマイケル・ポーターそれらの弟子、敵対者、研究者、引用者、追従者、エトセトラの言説が単語レベルでつながって、その頃にはもっと推論のアルゴリズムを賢く備えたグーグルとインターネットは、子供だけでなく為政者、学者、ビジネスマン、エンジニア、その他のあらゆる者にとってなくてはならない宿題遂行システムになっているんじゃないか、と思う。


世界の英知がネットでつながるというイメージだが、「アメリカには世界のよきものがすべてあるんだよ」という米国的世界観の上に乗っているような危うさはどうしても感じてしまう。出来上がるのは、英語を中心とした知の仮想脳で、日本語、中国語、韓国語、ヒンズー語などの情報がそれらにつながるのはもっともっと後のことになるだろう。ドクターファーム様がその先をターゲットに加えていたとしても現実にネットの空間で言語が溶けて消えるのはもっと先のことだろう。このあたりがとても単純で割り切れない問題だ。翻訳のシステムがどこまで迅速に高度化するのか、誰か教えていただけないだろうか。何れにせよ、グーグルは実のところ、こうした点で知の流通を実態的に階層化しないとは限らない。


また、宿題にインターネットを活用する子供たちを見ていると、まあたしかにインターネットでレポートに提示される知識のレベルは全体的に上がっているかもしれないが、活用する者、活用した結果を見る者のイマジネーションのレベル、本物の知のレベルを向上させているかと言えば、そうとは思われず。ということが、これからも起こるとすれば、面倒くせえ知の底上げに付き合わされることよ、とほとんど諦め気分。


以上はもちろん僕の勝手な想像でしかない。グーグルは人間としての人格がない企業だから何を考えているのか分かりにくい。これに対して個人で記憶と想起の問題に挑んでいる美崎薫さんの言は僕にはちゃんと人間の言葉として聞こえる。美崎薫さんの言葉を読んでいると、少なくとも美崎さんが考えているコンピュータは、賢くなっても人間の脳との役割分担をきちっと守って、想起のしもべとしての居場所を忘れない存在としての印象がある。とってもついていけそうにないイメージ半分、怖いもの見たさでつきあってみたい気分半分。一度、美崎さんの「記憶する住宅」を見てみたい。