いつものように地下の貯蔵室にごみを捨ててから、ホールで新聞を取って自室に戻ります。

takuzemi2015-05-25

 いつものように地下の貯蔵室にごみを捨ててから、ホールで新聞を取って自室に戻ります。「しつもん! ドラえもん」の質問は今日から始まる「どうぶつえん編」で「東京都心の公園で日本に最初にできた動物園があるよ。その名前は?」と有り、多分、上野動物園だと思ったのですが、新聞を開いて答えを探したらそれで正解でした。解説には「1,882年、上野公園にできた博物館と一緒に開園した。ジャイアントパンダ、ゾウ、トラなど約400種、約3千の動物を飼っている。」と詳しい解説が有りました。それから夏目漱石の『それから』を切り抜いてファイルに投げ込んでおきます。「それから三十分ほどの間、母子して交る交る楽器の前に坐って復習をしていたが、やがて梅子が、「もう廃しましょう。あっちへ行って、御飯でも食べましょう。叔父さんもいらっしゃい」といいながら立った。」(中略)「居間にはもう電燈が点いていた。代助は其所で、梅子と共に晩食を済ました。」(中略)「だから思い切って貸して下さい」といった。すると梅子は真面目な顔をして、「そうね。けれども全体何時返す気なの」と思いも寄らぬ事を問い返した。代助は顎の先を指で撮んだまま、じっと嫂の気色を窺った。梅子は益真面目な顔をして、またこういった。「皮肉じゃないのよ。怒っちゃいけませんよ」(中略)「今更返す気だの、貰うつもりだと敷衍すればするほど馬鹿になるばかりだから、甘んじて打撃を受けていただけである。」と有り嫂と代助のやり取りが良く分かります。
 良く晴れた青空が広がっています。気分が良いですね。6時50分に家を出て散歩に出掛けました。先ずはプチ・パワースポットの沼影観音堂を目指します。六地蔵様を拝んでから本堂の銅鑼を叩いて合掌をしておきました。武蔵浦和の駅まで引き返して別所沼を目指します。駅前の自動販売機で冷たいお茶を買い一口飲んでそのまま散歩を続けます。別所沼に着いたらランニングやウォーキングを楽しむ市民が市民が大勢居ました。長谷川かな女の句碑「曼珠沙華あつまり丘をうかせけり」を味わってから、埼玉県原爆死没者慰霊の碑に合掌し別所沼弁財天に賽銭を入れて柏手を打っておきました。風の神エベーカトル・ケッツアルコアトルに挨拶をしておきました。ブランコに乗って空中を浮遊する感覚を楽しんでから、自宅に帰って能率手帳改めNOLTYに別所沼3000歩と書いておきました。

国立新美術館で「ルーヴル美術館展」を観賞しました。

 午後は12時1分の快速新木場行きで移動を開始しました。車中では幸い座席を確保できたのでジャン・グルニエの『孤島』(竹内書店)を読みました。「イースター島」の中にこんな言葉が有ります。「そのような恐怖をはらいのけるために、そのころ私は研究に没頭していた。それは自分にとって絶対に役立たないとわかっている研究であったが、私は手あたり次第に何でも夢中に読んだ。美術館、図書館が私をひきつけた。」と有りました。池袋で下車して原宿に向います。明治神宮前我孫子行きに乗ると二駅で乃木坂に着きます。乃木坂で下車して国立新美術館に向います。国立新美術館で「ルーヴル美術館展」を観賞しました。会場は混み合っていて、観客の後ろから覗き込まなければなりません。ぶらんこの画家の「黒像式ヒュドリア頸部アンフォラ」が有り三人の人物が描かれていて、中央に居るのは女性で傍らの二人の人物は仮面を付けていて顔は分かりませんでした。マリヌス・ファン・レイメスヴァーレに基づく「朝税吏たち」は税金を取り立てることに夢中の朝税吏を描いたもので、いかにも欲深そうな表情をしています。ダーフィット・テニールス3世の「トランプに興じる人びとのいる衛兵詰所での聖ペテロの否認」はトランプ遊びに興じる人々が目立っていて、聖ペテロは女の人に捕まえられていて自由が利かないように感じられました。ジョバンニ・パオロ・バニーニの「神殿から追い出される商人たち」は題名通りの絵で中央の商人は転んでいて左手を上げて助けを求めています。ルーカス・ファン・レイデンの「トランプ占いの女」は無表情の女がトランプ占いをしている場面で様々な見物人が彼女を取り巻いています。小品ながらリアルな描写で感心したものでした。セバスティアーノ・リッチの「サチュロスと農夫」は下半身が馬の身体を持つサチュロスが農夫と向き合っています。傍らには農夫の婦人が赤ん坊を抱いてその場を見つめています。ユーディト・レイステルの「陽気な集い」は左には肥満した女性が居て、右にはヴァイオリンを手に持った男が居て今にもヴァイオリンを弾き始めそうな画面で、二人とも笑顔を浮かべていて幸せそうな画面でした。ジャン=カミーユ・コローの「身づくろいをする若い娘」は若い娘が粗末な服を着て身づくろいをしている画面で、彼女の若さだけが取りえだろうと思ったことでした。(写真はジャン=カミーユ・コローの「身づくろいをする若い娘」です。)