佐々木俊尚『インフォコモンズ』

 版元から献本いただきました、ありがとうございます。半分まで読みましたが、残念ながら僕には本書をおススメする気持ちにはまったくなれません。

 このような一見すると新奇なことが書いてあるかのように装いながら、実はただ単なる俗説を書き連ねているものには批判的にならざるをえません。

 たとえば90年代に入って従来の日本の均質社会が消滅し、そして旧来の(受動的)メディアは人々の「情報共有圏」(インフォコモンズ)に整合できなくなった。状況の変化に対応して登場したのが能動的メディア=インターネットであり、ネット世代の人たち(の「情報共有圏」)である。しかし情報洪水の結果、能動的に情報にアクセスするには限界が生じ、いまや情報の集中化=受動的メディアの再構築が必要になってきている云々、というのが佐々木氏の記述であります。

 この日本社会の均質性の喪失の原因として、俗説だと私は思いますが、90年代からのグローバル経済の進展に伴う労働市場の空洞化→中国・インドの発展&先進国のホワイトカラーの没落→少子高齢化の鮮明化→年功序列と終身雇用の維持不可能性+グローバリゼーション→労働者の非正規雇用化 という見取り図を1頁にわたって佐々木氏は説明しています。

 このような佐々木氏の日本社会の流れの見取り図(それは日本における情報共有圏の形成と崩壊のサイクルの背景でもあるでしょう)は、まさにこのエントリーhttp://d.hatena.ne.jp/tanakahidetomi/20080703#p1で批判したものと同じ見地です。したがってそのような僕には「俗説」にみえる見地に依拠したもの、その「俗説」を「情報共有圏」という新しいレトリックで表現したにしか(まだ半分しか読んでませんが)すぎないものを肯定的に評価することはできません。

 残りの部分もこれから拝読していきますが、もし仮にこの本から情報洪水に対抗する個人の処方としいて何を得られるかとすれば、本書の基本的な認識である上記のような「俗説」にだまされない、地道な専門的知識の取得にこそ時間をかけるべきであり、安易に素人集団のパワー(インターネット上の情報共有圏)を信頼すべきではない、ということではないでしょうか。

インフォコモンズ (講談社BIZ)

インフォコモンズ (講談社BIZ)

 関連エントリーは、ここの一連のエントリーを読まれればと。
 

いろいろ備忘録

 ●安場経済学の意義とその背景(2005年の記録)

  安場保吉氏を偲ぶ会の記録。特に第一部の尾高煌之助「数量経済史と安場先生」は必読。ところでこの文書をプリントすると大阪大学の英字ロゴが大きく。これは変だと思う。

  http://www2.osipp.osaka-u.ac.jp/~takii/shinobukai.pdf

 また篠原三代平氏の回想での発言
 「私やチャールズ・ホリオカ氏は,2001年初頭,消費税切り下げとその切り上げを組み合わせて国内需要を浮揚させる政策措置の論議をしたところ,安場氏はまったく同じ意見で,これが後に中谷巖,猪木武徳,篠原,ホリオカ,安場の共同提言「デフレ克服,所得税減税,消費税率を上げよ」(『朝日新聞』2002年11月28日記事)となって結実しました。(そのとき,消費税切り下げの代わりに,所得税減税を先行させる案に代ったのは,安場氏の意見によるものです。)この考え方に賛成する人は少人数でしたが,そのまとめ役になったのは安場氏でした」 

 も興味深い。これはどんなのか忘れたけれども変形版山形浩生流消費税切り下げ切り上げ論なのかな?

 安場氏については、「東アジアの奇跡」論者、さらに「幻のアジアの奇跡」論者含めて総なで斬りにした次の本が面白い。

 

 ●kiichiro Yagi History-Oriented Economics in Kyoto(2004年の論文)

八木紀一郎先生の京都大学における「歴史的経済学」の回顧と評価。出たとき読むつもりがいままで失念。
 http://www.jstage.jst.go.jp/article/ker/73/1/11/_pdf

 ●日本へのゴドウィンの与えた影響(福田徳三関連)

 The Impact on Japan of William Godwin's Ideas
 Atsushi Shirai
 American Journal of Economics and Sociology, Vol. 29, No. 1 (Jan., 1970), pp. 89-96
 http://www.jstor.org/pss/3485228

 ●BrodaとWeinsteinの“創造的破壊”と物価水準論文(日本版が楽しみ)
 http://faculty.chicagogsb.edu/christian.broda/website/research/unrestricted/BrodaWeinstein_CreativeDestruction.pdf

 ●国際的な計量経済学の権威雨宮昭一氏による古典期ギリシャの経済学

 http://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/bitstream/2433/24832/1/73.57.pdf