魯迅再読 1

 光文社古典新訳文庫の一冊に、「故郷・阿Q正伝」が藤井省三の訳であったので、読むことにした。光文社によると、「光文社の古典新訳文庫は、さまよえる現代人の心の奥底まで届くような言葉で、古典を現代に蘇らせることを意図して創刊された。」とあり、亀山郁夫の「罪と罰」は大変売れたらしい。
 本書には、小説集「吶喊」から故郷・阿Q正伝・狂人日記など10編、「朝花夕拾」から藤野先生・范愛農など6編が収録されている。魯迅の訳書と言えば竹内好が一番有名で、普及している。私も竹内訳の恩恵に大いにあずかった。訳者の藤井省三は「訳者あとがき」で「これまでの魯迅の日本語訳は、必ずしも魯迅の文体や思考を十分に伝えるものでなく」その日本への土着化の最たるものとして、竹内訳を取り上げている。竹内訳は、魯迅の屈折した長文の迷路のような思考の表現が、迷走する語り手(魯迅)の思いを、論理的で明快なものにしているというのだ。
 そこで藤井は、「魯迅を土着化すなわち現代日本語化するのではなく、むしろ日本語訳文を魯迅化することにより、時代の大転換期を生きた魯迅の苦悩の深みを伝えようと務めました。、このため一見些細な差異も忠実に訳し分け、矛盾する表現も無理に合理化して意訳することなく、できるかぎり直訳するように心がけました。」と述べている。勿論、私には魯迅の原文を読み込むだけの力量がないので、彼の意図がどれだけ成功しているかは判断できない。
 改めて読んでみると、さすが中国文学は古典からの引用が多い。それらにも丁寧な注釈がついているので理解しやすい。
 私としては、魯迅の雑感集の多彩な表現・切り口に多くの影響を受けたので、これらも出版してほしいと思う。もしかしたら今まで読んだ雑感も竹内訳の影響が出ていて、新訳になったら新しい顔を見せてくれるのだろうか。



 上の写真は、宮内フサ(1985年102歳で死去)作品 座り虎 92歳


俚謡 (湯朝竹山人 辰文館 大正2年刊 1913年)から
  ○松の葉ごしの 磯辺の月は 千歳経(ふ)るとも かはるまい
  ○思ひ乱れて 蘆屋の里に 海女のたく火か 飛ぶ蛍
  ○立つる錦木 甲斐なく朽ちて 添はで年ふる 身ぞ辛き