「又は(または)」と「若しくは(もしくは)」

法律や規則などの条文を読むと、よく「又は」「若しくは」という言葉が出てくる。
学校で習う文字遣いでは接続詞は仮名書きするのが原則なので、漢字交じりで書いてあるのを見るといかめしい印象を受けるが、意味はふつうの日本語の「または」「もしくは」と同じだ(「もしくは」のほうは会話で用いられることがほとんどない古めかしい言葉だけど、全然意味がわからないほどでもないだろう)。ただし、日常語の「または」「もしくは」とは違って、法律用語の「又は」と「若しくは」の使い分けには厳密なルールがある。
そのルールを説明する前に具体例を見ておこう。法令データ提供システムで「無期又は三年以上の懲役」を含む法令と「無期若しくは三年以上の懲役」を含む法令をそれぞれ検索した結果を次に示す。

検索指定用語 「無期又は三年以上の懲役」 AND検索(全法令) 


航空の危険を生じさせる行為等の処罰に関する法律
(昭和四十九年六月十九日法律第八十七号)

(航行中の航空機を墜落させる等の罪)
第二条
 航行中の航空機(そのすべての乗降口が乗機の後に閉ざされた時からこれらの乗降口のうちいずれかが降機のため開かれる時までの間の航空機をいう。以下同じ。)を墜落させ、転覆させ、若しくは覆没させ、又は破壊した者は、◆無期又は三年以上の懲役◆に処する。
2 前条の罪を犯し、よつて航行中の航空機を墜落させ、転覆させ、若しくは覆没させ、又は破壊した者についても、前項と同様とする。
3 前二項の罪を犯し、よつて人を死亡させた者は、死刑又は無期若しくは七年以上の懲役に処する。

(業務中の航空機の破壊等の罪)
第三条
 業務中の航空機(民間航空の安全に対する不法な行為の防止に関する条約第二条(b)に規定する業務中の航空機をいう。以下同じ。)の航行の機能を失わせ、又は業務中の航空機(航行中の航空機を除く。)を破壊した者は、一年以上十年以下の懲役に処する。
2 前項の罪を犯し、よつて人を死亡させた者は、◆無期又は三年以上の懲役◆に処する。


高速自動車国道法
(昭和三十二年四月二十五日法律第七十九号)

第二十七条
 前条第一項の罪を犯しよつて自動車を転覆させ、又は破壊した者は、十年以下の懲役に処する。
2 前項の罪を犯しよつて人を傷つけた者は、一年以上の有期懲役に処し、死亡させた者は、◆無期又は三年以上の懲役◆に処する。


道路運送法
(昭和二十六年六月一日法律第百八十三号)

第百一条
 人の現在する一般乗合旅客自動車運送事業者事業用自動車を転覆させ、又は破壊した者は、十年以下の懲役に処する。
2 前項の罪を犯しよつて人を傷つけた者は、一年以上の有期懲役に処し、死亡させた者は、◆無期又は三年以上の懲役◆に処する。
3 第一項の未遂罪は、これを罰する。


刑法
(明治四十年四月二十四日法律第四十五号)

(汽車転覆等及び同致死)
第百二十六条
 現に人がいる汽車又は電車を転覆させ、又は破壊した者は、◆無期又は三年以上の懲役◆に処する。
2 現に人がいる艦船を転覆させ、沈没させ、又は破壊した者も、前項と同様とする。
3 前二項の罪を犯し、よって人を死亡させた者は、死刑又は無期懲役に処する。

(通貨偽造及び行使等)
第百四十八条
 行使の目的で、通用する貨幣、紙幣又は銀行券を偽造し、又は変造した者は、◆無期又は三年以上の懲役◆に処する。
2 偽造又は変造の貨幣、紙幣又は銀行券を行使し、又は行使の目的で人に交付し、若しくは輸入した者も、前項と同様とする。

詔書偽造等)
第百五十四条
 行使の目的で、御璽、国璽若しくは御名を使用して詔書その他の文書を偽造し、又は偽造した御璽、国璽若しくは御名を使用して詔書その他の文書を偽造した者は、◆無期又は三年以上の懲役◆に処する。
2 御璽若しくは国璽を押し又は御名を署した詔書その他の文書を変造した者も、前項と同様とする。

(強制わいせつ等致死傷)
第百八十一条
 第百七十六条若しくは第百七十八条第一項の罪又はこれらの罪の未遂罪を犯し、よって人を死傷させた者は、◆無期又は三年以上の懲役◆に処する。
2 第百七十七条若しくは第百七十八条第二項の罪又はこれらの罪の未遂罪を犯し、よって女子を死傷させた者は、無期又は五年以上の懲役に処する。
3 第百七十八条の二の罪又はその未遂罪を犯し、よって女子を死傷させた者は、無期又は六年以上の懲役に処する。

(身の代金目的略取等)
第二百二十五条の二
 近親者その他略取され又は誘拐された者の安否を憂慮する者の憂慮に乗じてその財物を交付させる目的で、人を略取し、又は誘拐した者は、◆無期又は三年以上の懲役◆に処する。
2 人を略取し又は誘拐した者が近親者その他略取され又は誘拐された者の安否を憂慮する者の憂慮に乗じて、その財物を交付させ、又はこれを要求する行為をしたときも、前項と同様とする。

検索指定用語 「無期若しくは三年以上の懲役」 AND検索(全法令) 


麻薬及び向精神薬取締法
(昭和二十八年三月十七日法律第十四号)

第六十四条
 ジアセチルモルヒネ等を、みだりに、本邦若しくは外国に輸入し、本邦若しくは外国から輸出し、又は製造した者は、一年以上の有期懲役に処する。
2 営利の目的で前項の罪を犯した者は、◆無期若しくは三年以上の懲役◆に処し、又は情状により◆無期若しくは三年以上の懲役◆及び一千万円以下の罰金に処する。
3 前二項の未遂罪は、罰する。


覚せい剤取締法
(昭和二十六年六月三十日法律第二百五十二号)

(刑罰)
第四十一条
 覚せい剤を、みだりに、本邦若しくは外国に輸入し、本邦若しくは外国から輸出し、又は製造した者(第四十一条の五第一項第二号に該当する者を除く。)は、一年以上の有期懲役に処する。
2 営利の目的で前項の罪を犯した者は、◆無期若しくは三年以上の懲役◆に処し、又は情状により◆無期若しくは三年以上の懲役◆及び一千万円以下の罰金に処する。
3 前二項の未遂罪は、罰する。


刑法
(明治四十年四月二十四日法律第四十五号)

(現住建造物等浸害)
第百十九条
 出水させて、現に人が住居に使用し又は現に人がいる建造物、汽車、電車又は鉱坑を浸害した者は、死刑又は◆無期若しくは三年以上の懲役◆に処する。

「無期又は三年以上の懲役」の使用例を見るとそれだけで量刑を表す表現として完結しているが、「無期若しくは三年以上の懲役」のほうは完結しておらず、他の刑罰を表す表現と「又は」で繋がれている。
要するに、「又は」は単独で使われうるが、「若しくは」は必ず「又は」とセットで用いられる。
論理学の用語でいえば、「又は」「若しくは」はどちらも選言子(選言詞)で意味に違いはないが、一つの文に二段階の選言的並列があるとき、大きいほうを「又は」で表し、小さいほうを「若しくは」で表す、というルールになっているのだ。
では、三段階以上の場合はどのように表現するのかというと、いちばん大きな並列のみを「又は」で表し、あとは全部「若しくは」を用いることになっている。結構いい加減だ。
ある重大犯罪の刑罰として「死刑又は無期若しくは三年以上の懲役」が定められており、さらに場合によって「羽毛又は猫じゃらしで腋の下コチョコチョの刑」をオプションで付け加えるとしよう。その場合、法規文の書き表し方のルールに従えば「死刑若しくは無期若しくは三年以上の懲役に処し、又は情状により死刑若しくは無期若しくは三年以上の懲役及び羽毛若しくは猫じゃらしで腋の下コチョコチョの刑に処する」と表現することになる。
別のレベルの並列を同じ「若しくは」で表すことで構文的多義性の問題は生じないのか。文脈から一意に定まるのだとすれば、二段階の場合にも「又は」と「若しくは」を使い分ける必要はないのではないだろうか。逆に、文脈に依存した解釈を極力避ける必要があるというのなら、多段階の並列の場合に文の構造がもっと見通しやすくなるような手だてを考えるべきではないか。
たとえば分配法則を利用して、すべての選言を同レベルのものにしてしまうという手がある。上の架空の刑罰の例だと次のようになる。
「死刑に処し、又は無期懲役に処し、又は三年以上の懲役に処し、又は情状により死刑及び羽毛で腋の下コチョコチョの刑に処し、又は情状により死刑及び猫じゃらしで腋の下コチョコチョの刑に処し、又は情状により無期懲役及び羽毛で腋の下コチョコチョの刑に処し、又は情状により無期懲役及び猫じゃらしで腋の下コチョコチョの刑に処し、又は情状により三年以上の懲役及び羽毛で腋の下コチョコチョの刑に処し、又は情状により三年以上の懲役及び猫じゃらしで腋の下コチョコチョの刑に処する」
法制執務の専門家にぜひ検討していただきたい。