覚え書:「文化の扉:はじめての海女さん 「自然に逆らわず」1時間に潜水40回」、『朝日新聞』2016年02月28日(日)付。

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文化の扉:はじめての海女さん 「自然に逆らわず」1時間に潜水40回
2016年2月28日

はじめての海女さん<グラフィック・竹内修一
 
 NHKの朝ドラで話題を呼んだ「海女」が、世界から注目されそうだ。“本場”の三重県で5月に主要国首脳会議が開かれ、ユネスコの世界無形文化遺産登録をめざす動きもある。

 潜水漁は古くからあったようだ。縄文・弥生時代の遺跡では、大量のアワビの殻や、岩からアワビをはがす道具「アワビオコシ」が出土。「魏志倭人伝(ぎしわじんでん)」(3世紀)は「倭(わ)の水人、好んで沈没して漁蛤(ぎょこう)を捕らえ」と記している。平安時代律令の施行細則「延喜式(えんぎしき)」(10世紀)には、朝廷に海産物を献上した志摩の「潜女(かずきめ)」が登場する。なぜ女性が潜るのか。

 皮下脂肪が多く寒さに強いという理由や、船舶の発達とともに男性は沖合に漁に出たからなどといわれる。1883(明治16)年の「三重県水産図解」には「女子は呼吸が長く、自分の限界を知っているので過ちが少ない」とある。

 戦後、海女は一時的に増えた。ウェットスーツなど装備の充実や、中華料理の普及でアワビの需要が増えたためだ。1956年の調査では約1万7千人に達したが、その後減少。2010年の調査では2174人(平均年齢65歳超)で三重県が4割強を占める。

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 海女の潜水が戦前、五輪種目に検討されたことがあった。伊勢新聞などによると、三重県議会議長が36年11月、40年に開催予定だった東京五輪の競技に海女の潜水を加えてほしいと要請。東京の五輪本部は「世界に紹介することに賛成」と応じたが、日中戦争の影響で幻の五輪に終わった。

 「エキシビションとして採用する方向で進んだのでしょう」と三重大の塚本明教授(日本近世史)。「身体的に特別優れていると思われがちだが、自然に逆らわないのが鉄則。『アワビに命をとられるな』『一息残して上がれ』といった教えがある」

 一般的に漁は1日2時間程度で、1時間あたり40回ほど潜る。三重県鳥羽市の中川静香さん(24)は祖母、母も海女。「捕るのに失敗すると、アワビは強く岩にくっつくし、もう一度潜っても潮流のせいで同じ場所に到達できるとは限らない」と難しさを語る。

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 海女がいるのは世界で日本と韓国だけといわれる。韓国は約1万人いて、特に済州島が約4千人を占めるという。三重県自治体や海女らでつくる「海女振興協議会」は09年からほぼ毎年、日韓の海女が集まる「海女サミット」を開いたりして交流を進めている。

 日韓が共同して、ユネスコの世界無形文化遺産の登録を目指す動きもある。ただ、微妙な政治状況の影響で、政府レベルでの協調に至っていない。海女サミットの開催にかかわる「海の博物館」(鳥羽市)の石原義剛館長は「かつては、日本の海女が朝鮮半島に出稼ぎに行った歴史もある。日韓での登録を目指したい」と話す。

 5月に三重県志摩市である伊勢志摩サミットは海女の認知度を高めるチャンス。地元では、海女の写真集や外国語で説明した海女のパンフレットを各国首脳に配るという。(河野通高)

 <訪ねる> 三重県鳥羽市の「海の博物館」(0599・32・6006)は海女関連などの漁労道具のほか、実物の舟など約6万点を所蔵し、スクリーンで海女漁の動画も見られる。大人800円。

 <知る> 今年の「海女サミット」は11月4、5の両日、三重県志摩市で開催予定。日本と韓国の海女が集まるほか、日韓の学者らが里海と海女とのかかわりを発表するイベントも検討されている。

 <読む> 三島由紀夫の恋愛小説『潮騒』(1954年、新潮文庫)は三重県鳥羽市の神島が舞台。映画では吉永小百合山口百恵らが主役を演じた。谷村志穂の『いそぶえ』(2014年、PHP研究所)は志摩の海女と神社の跡取りとの恋愛を描く。

 ■肉体の本能、呼び起こす 俳優・片桐はいりさん

 NHK朝ドラ「あまちゃん」で海女さんの役を演じ、初めて素潜りを体験しました。9月上旬でしたが、岩手・久慈の海はものすごく冷たかった。「とにかく何度も潜ってくれ」と指示されて、数メートルほど潜っては浮上する演技の繰り返し。それだけでも死にそうだったのに、海底で獲物を見つけて捕るなんて信じられなかった。

 体力を使い果たし、港でトドみたいに寝転んでいると、私の顔を見たメイクさんが「大変だー」って叫んだんです。鏡を見るとげっそりしていて、浦島太郎の気分ってこんな感じかと。

 海から上がった後、不思議なんですが、舞台などで長年痛めていた関節や筋肉の調子が良くなっているんです。弱っていた体が内側からよみがえる感じ。ほかの女優さんたちも同じことを言ってました。息ができず、周りに敵がいるかもしれないっていう環境が肉体の本能を呼び起こすんでしょうか。登山をすると聴覚や嗅(きゅう)覚が鋭敏になるのですが、素潜りでもそれと同じ感覚になりました。週末だけ田舎に行って農業をする「週末農業」ってありますが、「週末海女」をしてみたいですね。

 ◇「文化の扉」は毎週日曜日に掲載します。次回は「カズオ・イシグロ」の予定です。ご意見、ご要望はbunka@asahi.comメールするへ。
    −−「文化の扉:はじめての海女さん 「自然に逆らわず」1時間に潜水40回」、『朝日新聞』2016年02月28日(日)付。

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http://www.asahi.com/articles/DA3S12232187.html





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