覚え書:「耕論 通信傍受の拡大 青木理さん、久保正行さん、指宿信さん」、『朝日新聞』2016年07月21日(木)付。

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耕論 通信傍受の拡大 青木理さん、久保正行さん、指宿信さん
2016年7月21日

改正通信傍受法のポイント<グラフィック・白岩淳>

 批判の渦の中、通信傍受法(盗聴法)ができて17年たち、盗みや詐欺など身近な犯罪も対象になる。通信の秘密と背中合わせの捜査手法の拡大。どんな社会につながる道なのか。

 ■いきつく先は「監視国家」 青木理さん(ジャーナリスト)

 通信傍受法(盗聴法)が成立したのは1999年のことです。世論の反対や不ログイン前の続き安は根強く、野党やメディアが強く批判し、与党の公明党にも慎重論がありました。

 そのため、対象犯罪を暴力団などの組織が絡む組織的殺人、薬物・銃器犯罪など四つの類型に限定し、実施は通信会社の施設でその社員の立ち会いを義務づける、それなりに制約のある仕組みになりました。

 当時、共同通信記者としてこの問題を取材していましたが、捜査当局がねらっていたのはもっと強力な盗聴法でした。それがついに実現したのが、今回の法改正なのです。

 改正の最も大きな問題は、盗聴への通信会社社員の立ち会いが不要になり、裁判所の令状さえあれば、警察の施設内で盗聴できるようになってしまう点でしょう。心理的な歯止めがなくなり、外部からのチェックもきかなくなりかねません。

 しかも対象犯罪が傷害、窃盗、詐欺といった、より一般的な犯罪に広げられた。友人や知人がそうした嫌疑をかけられ、組織性を疑われれば、ごくふつうの市民の通話も盗聴されてしまうのです。

 かつて違法な盗聴に手を染め、いまもそれを認めない公安警察は大喜びでしょう。監視対象者が軽微な傷害や窃盗をして、それが組織的に行われたという疑いをかけるだけで正々堂々と盗聴できるのです。冷戦終結後は自らの組織の存在感を維持するため、与野党を問わない政治関連の情報収集にまで手を広げているようですが、その手段にも悪用されかねません。

 これを許したのが、大阪地検特捜部の証拠改ざん事件などの不祥事に端を発した刑事司法改革だったのはあまりに皮肉です。警察と法務・検察は、一部の事件で取り調べを可視化(録音・録画)することと引き換えに、盗聴法の強化と、これも念願の司法取引なども合わせて実現させました。したたかというより、「火事場泥棒」とでもいうべきです。

 取り調べの可視化とセットとなったためか、かねて盗聴法に批判的だった野党や日本弁護士連合会、メディアも真っ向から批判せず、問題点の指摘さえしませんでした。

 かつてのような大きな批判もないまま、このように問題の多い法改正がされたのは、日本社会全体に自由や人権、プライバシーの保護より、治安の維持を優先させる「安心・安全」志向が強まっていることも大きいと思います。

 お上に任せておけば安心という発想ですが、そのいきつく先に待っているのは自由もプライバシーも制限された「監視国家」です。後から振り返ると「あれが転換点だった」ということになるかもしれません。

 (聞き手・山口栄二)

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 あおきおさむ 66年生まれ。共同通信社記者を経て、06年にフリーに。著書に「日本の公安警察」、「ルポ 国家権力」。

 ■慎重運用で国民の信頼を 久保正行さん(元警視庁捜査1課長)

 刑事になりたてのころ、暴力団組員による、競馬などの「ノミ行為」の捜査をしたことがありました。

 組織犯罪の捜査では、実行行為をしている末端の組員を摘発するだけでは不十分で、客から集めたカネを組の上層部に上納している実態を解明しなければなりません。しかし、彼らは逮捕されても、誰の指示でやったかはなかなか話しません。「組幹部との電話を傍受できれば一網打尽にできるのに」と思いました。

 1999年に通信傍受法が成立しましたが、対象の犯罪が非常に限られていて使いにくい印象でした。

 私が渋谷署長だった2006年に起きた女子大生誘拐事件では、被害者の自宅への電話を逆探知して犯人の携帯電話がわかり、その位置情報と被害者宅周辺の目撃情報から、犯行に使われた車が特定されました。それでも被害者が監禁されている場所はわかりません。車を追尾しても監禁場所には立ち寄りません。誘拐から約13時間後に、車を止めて犯人を逮捕し、監禁場所を自供させて、被害者を保護しましたが、間一髪でした。

 通信傍受ができればもっと早く女子大生を保護できたはずですが、当時、誘拐は対象犯罪ではありませんでした。その意味では、今回の法改正で、人の命が危険にさらされる略取・誘拐事件でも通信傍受ができるようになったことはよかったですね。

 しかし、その一方で、憲法が保障する「通信の秘密」との兼ね合いで、通信傍受に伴う条件は厳しいのです。「ここまで縛りをかけるのか」という思いもあります。裁判官に傍受令状を発付してもらうには、嫌疑が十分あることの裏付けが、通常の捜索令状以上の厳しさで求められます。

 これまでは、犯罪が数人による共謀であり、犯罪関連の通信が行われることが強く想定され、他の方法では被疑者の特定が著しく困難であること、というのが条件でした。今回新たに対象犯罪となった罪種については「犯罪があらかじめ定められた役割分担に従って行動する人の結合体により行われたこと」も示さなければならないのです。

 通信傍受が恣意(しい)的に使われないかという不安があるようですが、従来通信傍受後に記録を裁判官に提出することが義務付けられており、第三者のチェックがないわけではない。乱用の歯止めになると思います。

 国民のプライバシーにかかわる捜査手法である以上、厳しい条件がつけられるのもやむを得ないでしょう。民間に出て犯罪摘発への社会の期待を改めて感じます。通信傍受を国民の信頼が得られるよう慎重に運用し、捜査力を高めて成果を出していくしかありません。

 (聞き手・山口栄二)

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 くぼまさゆき 49年生まれ。長く捜査に従事後、航空会社に勤務。著書に「警視庁捜査一課長の『人を見抜く』極意」。

 ■ネット分野、議論置き去り 指宿信さん(成城大学教授)

 今回の通信傍受法改正で、通信事業者が傍受の対象となる通信をいったん丸ごと保存して、警察に送るしくみができました。これにより、警察は自らの施設内で、時間に縛られることなく傍受できることになります。

 それを可能にしたのが、テクノロジーの進化です。保存できるデータの大容量化に加え、保存された通信のデータの改ざんを防ぐ暗号技術も導入されました。

 ただ、この分野の進化は両刃の剣。警察だけでなく、ネットサービスを提供する側も暗号技術を普及させています。

 最近、米国のテロ容疑者のiPhone(アイフォーン)を巡る米連邦捜査局FBI)とアップルの対立が注目されました。暗号技術でロックされたiPhoneの解除命令を、アップルは拒否していました。

 2013年のスノーデン事件で、米国家安全保障局(NSA)によるネットの大規模情報収集が明らかになり、アップルなどのIT企業はこぞって暗号化によるサービスの安全強化に動きました。

 そこで、捜査のための暗号規制か、暗号によるサービスの安全確保か、という対立がうまれたのです。

 米国では、クリントン政権時代にも政府が暗号規制に動き、産業界や市民の猛反対で中止に追い込まれた経緯があります。最近の動きは、その議論の再来といえます。

 iPhoneの問題は、FBIがロック解除に成功し、収束しました。だが連邦議会では早速、暗号規制法案が提起されるなど、対立の構図は続いています。

 日本も他人事ではない。

 通信傍受法の改正作業は、もっぱら従来通りの電話の傍受を念頭に進められました。一方、国会審議で警察庁は電子メールに加え、ソーシャルメディアも傍受の対象になる、と答弁しています。しかし、メールやチャットアプリなどにも次々と暗号技術が導入されています。

 暗号通信が手軽に使えるとなれば、犯罪者も共犯者らとの連絡などに電話ではなくそちらを利用するでしょう。捜査機関は傍受だけでなく、暗号解除というハードルを越えなければなりません。

 さらにネットサービスの分野は、アップル、グーグル、フェイスブックなどグローバル企業が席巻している。アップルのFBIへの対応に象徴されるように、サービスの安全性を重視する姿勢も明確です。サーバーが海外にあれば、外国政府の捜査協力も必要になる。

 暗号技術などの進化や、グローバルなネットサービスの普及にどう対処するかという議論が、日本では置き去りにされているようにみえます。改正法が施行されても、このような現状の中では、効果はかなり限定的でしょう。

 (聞き手・平和博)

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 いぶすきまこと 59年生まれ。専門は刑事訴訟法、法情報学。著書に「証拠開示と公正な裁判」「法情報学の世界」など。
    −−「耕論 通信傍受の拡大 青木理さん、久保正行さん、指宿信さん」、『朝日新聞』2016年07月21日(木)付。

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http://www.asahi.com/articles/DA3S12470474.html





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