My Life Between Silicon Valley and Japan このページをアンテナに追加 RSSフィード

2006-09-01

[] 昨夜の対談イベントの音声、YouTube映像

夜行なった「シリコンバレー精神」刊行記念対談イベントの音声を取り急ぎ、アップします。吉岡弘隆さん(ミラクルリナックス)をお招きしての、シリコンバレー精神オープンソース思想を巡ってのトーク約一時間(ちなみに、ときどき会場から突っ込んでいる人はDan Kogaiさんです)。

Download

まもなくYouTube映像もアップされます。

追記。以下、YouTube映像です。映像に伴う音がやや小さいので、パソコン側の音量を大きくしてお聞きください。

はじめに (1/9)

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エンジニアから見たシリコンバレー精神 (2/9)

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オープンソース体験 (3/9)

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5年前を振り返って (4/9)

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オープンソースビジネス (5/9)

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オープンソース組織オプティミズム (6/9)

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インターネット企業とオープンソース (7/9)

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ウェブ進化論」発刊後に変わったこと (8/9)

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はてなについて (9/9)

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追記。以下のチャンネルから対談動画連続して見ることができます。

http://www.youtube.com/view_play_list?p=6DE2EFA8F3969097

追記。対談の中で吉岡さんが言及した、98年に日経産業新聞に僕が書いたオープンソースについての記事が、「ビジネスの世界がとうとうオープンソースを取り上げたぞ」と、Linuxコミュニティで感慨深く受け止められていた、というエピソード。その記事の原文は、これです。

ソフト開発「革命前夜」(1998年8月17日日経産業新聞]より) 」

http://www.mochioumeda.com/archive/ss/980817.html

ひょっとしたら、コンピューター産業始まって以来の一大事が既に始まってしまったのかもしれない。そんな風に思うそばから、いやいやこれは非常に狭い世界の出来事で、産業全体にインパクトを与えるほどの話ではないのさと思い正してみたり。こんな自問自答を何ヶ月も繰り返してきたが、私は少しのリスクを冒しても、こう書くことにする。

 「オープンソースの流れは本物だ。ソフトウェア開発のあり方が根底から覆されることで、コンピューター産業の産業構造が変わるほど大きなインパクトである」と。

・・・・・・・・・

ちなみに僕のアーカイブ(http://www.mochioumeda.com/archive/all/)は、過去にあいつは何を書いていたのか、ということを検証できるように、内容にはいっさい手を入れずに、全部公開してあります。

このmochioumeda.comアーカイブに加え、CNET Japan連載(2003年-2004年)アーカイブ(http://blog.japan.cnet.com/umeda/)と、フォーサイト連載の最近の分のアーカイブ(http://book.shinchosha.co.jp/foresight/web_kikaku/sv_backno01.html)と、このダイアリー(主に2005年以降)の過去ログ(http://d.hatena.ne.jp/umedamochio/archive)で、過去に書いたものに対する検証が可能になっています。

minoru61minoru61 2006/09/03 17:44 梅田さんと少しの時間ですが話を出来たことは幸運でした。もっと話をしたかったのですが、すごい人気で圧倒されてしまいました。日本ではオープンソースというのがなかなか受け入れられていません。私は日本の場合プログラマの地位があまりにも低すぎると日ごろから思っています。オープンソースが受け入れられない土壌というのはプログラマの地位と関係があるのではと思っています。プログラマというとすぐに、オタクだとかコンピュータ少年だとかの部類にいれてします。日本ビジネスマンの度量のなさにはあきれてしまう時があります。ハードウェアの技術者は尊敬されるのに、なぜソフトウェアのプログラマは尊敬されないのかいろいろ考えています。私の時代1961年生まれですが、プログラマ30歳定年なんていわれたこともあります。30歳を超えるとみなプログラムをやめてプロジェクトマネジャや営業に転進していくわけですが、アメリカ、ヨーロッパに行くと40超えてもプログラマとして大活躍をしている人がいます。コンピュータはプログラムが動かしているということを理解していない人が多いのではと思います。私の会社でもよくドキュメントが重要だという人がいます。もちろんドキュメントも重要です。しかしドキュメントはプログラム正確に動かすためのプロセスでしかないと思います。コンピュータの真髄はプログラムでしょう。何百ページにも及ぶすばらしいドキュメントを書いてもバグだらけで修正するのも怖いプログラムが存在します。一方でドキュメントは少ないがバグが少ないすばらしいプログラムも存在します。どちらのほうが重要なのかを問いかけてみたいです。ある意味技術者がオープンソースに熱中するのは、「何百ページに及ぶドキュメントよりも動くソフトウェア」を作りたいからだと思います。という私もプログラムは10年前にやめてしまい、経営サイドに向かうディシジョンをしてしまったのですが、プログラマの地位向上をなんとか果たしたいと思っています。

takataka 2006/09/03 18:50 興味深く拝聴しました。
いつも勉強させてもらってます。

・新しいOS・・について
 21世紀に入り、OSの存在する場所が変わったのでは?
 ビジネスを除けば、20世紀型、21世紀型どちらのOSも開発はそんなに大変でもないような・・・
 21世紀型のOSが日本のベンチャーで生まれ、ビジネス的に成功する余地も残っている、と信じます。

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