暑い日には絵画鑑賞(その2)

 未だに「吉備大臣入唐絵巻」が脳裏から離れない。平安時代の末期に描かれえたものであるが、この絵師の力量は並々ならぬものがある。
 いろいろな人物が出て来るけれども、その表情がなにしろ豊かだ。遣唐船が着く浜辺でまっている唐人たち。錦を張った床几(しょうぎ)に座る高官、居並ぶ武官たちは、小旗を飾った矛や、弓などを手にしている。怒鳴っている男あり。笑う者もあり。高官になにか質問されているのだろう。官吏は眉をひそめている。
 全巻にわたり登場人物の表情が見どころだ。その中にあって、主人公の吉備真備はつねに黒の衣冠をまとい、色とりどりの唐人とは対照的に描かれている。モノトーンのイメージが逆に一際目立つ存在にしている。色と引目鉤鼻で描かれた端正な白面が真備の沈着冷静な性格までをも描き出す。
 この絵巻の中で、顔を白く塗っているのは、真備だけである。それは歌舞伎と同様に、高貴でいい男を象徴している。
 その後、真備の才を恐れた高官たちにより、真備は「到来楼」という高楼に幽閉される。ここは物の怪が出没し、宿るものを取り殺すという場所だった。
 案の定、真夜中になると鬼が現われた。真備は術をつかって、鬼から姿を隠し、鬼にこう問いかけた。
「鬼よ、オマエは何者だ。私は日本国の帝の御使いである。その私のところになぜやって来た」
 鬼が答える。
「私もかつて日本から遣唐使としてこの唐に渡った阿倍仲麻呂でございます。何度も日本に帰ろうと試みましたが、嵐に妨げられ、この地で望郷の念にかられつつ客死したものでございます。ぜひあなた様にお尋ねしたきことがございましてまかり出ました」
「そうか、ならば鬼の姿を変えて来よ」
「ははあ」
 ということで、鬼の仲麻呂は衣冠に身を正して楼に現れた。そして日本に残してきた自らの子孫の消息を聴くのだった。真備は、仲麻呂の子孫が安穏として暮らしていることを教えてやる。鬼は大いに喜んで、お礼に唐での便宜を図ることを申し出るのだった。ここに唐で最強の真備・仲麻呂コンビが成立し、このコンビがずる賢い唐人たちを相手に丁々発止と大活躍をするのだった。(つづく)