吉備真備
奈良時代の学者・廷臣。出身は吉備地方の豪族。大宰大弐、正二位右大臣に任す。AD.717年に、遣唐使に従って、阿倍仲麻呂らと一緒に留学。735年帰国、「唐礼」などの書籍、兵器・器具を将来。751年遣唐副使として再入唐。帰国後、怡土城を築き、また藤原仲麻呂の乱の鎮定に貢献がある。『六国史』では言わなかったが、孝謙天皇崩御の頃、文室大市を皇太子にしようか失敗して、光仁帝即位の際、失脚になった。(日本紀略より。)
井原鉄道井原線には、この吉備真備の故郷であることに由来して同名の駅が置かれている。