717年-775年6月3日。光仁天皇皇后。父は聖武天皇。母は県犬養広刀自。同母弟妹には不破内親王・安積親王がいる。子は酒人内親王(桓武天皇妃)・他戸親王。 772年3月2日、光仁天皇を呪詛したとして皇后を廃され、5月27日には他戸親王も皇太子を廃され、山部親王(後の桓武天皇)が皇太子になる。 775年4月27日、息子の他戸親王と共に逝去した。この不自然な死には暗殺説も根強い。
「日本の怨霊」 大森亮尚著 平凡社 って本読みました。 民俗学の専門家が日本史の怨霊を紹介してくれる本です。100パー興味本位で手に取りました。 怨霊の雑学という点では満足できた本なのですが、作者が怨霊とか神様とかを信じ切ってる様子にはなんかウンザリしました。 ちょっと行き過ぎてて私にはたちの悪いオカルト傾倒に見えるほどでした。歴史学のほうはしっかりして見えるのになあ。
いつもありがとうございます実はこの記事↓必ずアクセス数のある記事なのですが 『外八洲と内八洲の違い』古神道の口伝では日本は内八洲(うちやしま)で世界の雛型であると、そして海外は外八洲(そとやしま)と言って内と外を分けて考える考え方が伝えられている。 信仰も同…ameblo.jp 毎日数人の人が絶えず読みに来て下さり、本当にありがとうございますなのに・・・ この記事は、途中から聖武天皇の偶像崇拝事業が裏目に出て、娘の井上内親王は疫病をもたらす怨霊となったこと。 そして、その後の跡取りは聖武天皇の血族者ではないことを皮肉っているにも関わらず、上手く使えられていないのです。本当に読みづらくて申し訳な…
井上内親王 - Wikipedia 井上内親王(いのえないしんのう/いがみないしんのう、養老元年(717年) - 宝亀6年4月27日(775年5月30日))は、第45代聖武天皇の第1皇女。母は夫人県犬養広刀自。伊勢斎王、のち第49代光仁天皇の皇后。別名井上廃后、吉野皇后 6月下旬 奈良県五條市にある【御霊神社本宮】へ行った 天気予報は大雨 晴れ女の私としてはちょっと気を引き締めるお出かけになったけど ちょうど茅ノ輪もあったのでくぐり 禊してきた(^^♪ 今年2024年は【火の神様】に会いに行くのが目的 前回の御所の【笛吹神社】で火の神様。。。 と言うか水の神(龍神さま)の神気に触れ 火の神と水…
【中古】天翔ける女帝価格: 5480 円楽天で詳細を見る 【あらすじ】 持統天皇の血統を継ぐ聖武天皇と、藤原氏出身の光明子の間に生まれた阿倍媛。同じ両親で待望の男子・基親王は、幼いまま亡くなってしまう。 阿倍媛は父・聖武の番をする夜叉を見るが、それは神宿るものだけが見える姿。父聖武天皇も神が宿り、未来を見ることができる。聖武は阿倍媛に未来を見せると、そこには光り輝く巨大な毘盧舎那如来が鎮座していた。そして光景は帰国する吉備真備と僧の玄昉が乗る遣唐船に移り、宝と共に「禍々しいもの」がもたらされる。やがて疫病が流行し始めて、栄華を誇った藤原4兄弟は、病によって立て続けに亡く亡くなってしまった。 *…
2002年韓日ワールドカップ大会での明仁天皇のメッセージの一部 「私自身に関しては、桓武天皇の生母(高野新笠)が百済の武寧(ムリョン)王の子孫だということが続日本紀に記録されており、韓国との縁を感じている」 ー-------------------------------------- 第50代、桓武天皇は都を京都に移した天皇です 桓武天皇の父は光仁天皇、母は高野新笠(百済、武寧王の子孫)です 光仁天皇には皇后(正妻)、井上内親王がいて二人の間には息子の次期天皇(皇太子)である他戸親王がいました (光仁天皇が,どのように天皇になった説明が必要なのですが、省略します) 高野新笠は光仁天皇の側室(…