安野光雅

『皇后美智子さまのうた』(朝日文庫)、安野光雅画伯の満開の桜の装幀がいい。
皇后さま、桜、安野さん、もうこれだけ条件が揃えば買わないわけにはいかない。

「生きているといいねママお元気ですか」文(ふみ)に項傾(うなかぶ)し幼な児眠る

 皇后さまが平成23年につくられた御歌である。東日本大震災の現場に行かれて、両親と妹を大津波にさらわれた幼女が、母宛に手紙を書きつつ、つかれてしまったのか、便箋の上に顔をつけてうとうとしている。
 皇后さまが慈愛に満ちた眼差しでじっと見つめておられる。
 その子が、ママと一緒に遊んでいる夢を見ていますように。泣けてきた。

 安野さんは司馬遼太郎の『街道をゆく』の挿絵を担当したことは有名ですよね。『本郷界隈』からはじまって、オホーツク、ニューヨーク、台湾、青森、三浦半島、そして『濃尾三州記』まで、司馬さんに同行し司馬さんの見た風景を描き続けた。ワシャが好きな絵は、『台湾紀行』の「看板」という章に出てくる「日月潭」台湾中部にある湖で、そこに沈む夕日を墨で書いている。これがいい。墨の濃淡で描き分けられた折り重なる島、岬、山々。その向こうに朝日が顔を出した。湖面には靄が漂い、その中に漁をする小舟が何艘か漂っている。静かな早朝の景色である。ネットで探したけれどなかった。ぜひ、『台湾紀行』の挿絵をご覧くださいね。

 安野さんの『旅の絵本』も何冊か持っている。文字はない。絵だけの絵本である。
どこの海岸だろう。ボートを漕いで男が浜にやってくる。海岸に近い牧場で馬を買って、旅を始める。森をゆく。農村をゆく。学校の横を通り過ぎる。村にさしかかる。町に出る。繁華な広場を抜ける。おおお大きな城郭だ。バザールもやっている。パレードで前に進めないぞ。駅もある。町を出て、また田園風景の中を馬でゆく。見渡す限りの麦秋である。農婦が祈りを捧げている。晩鐘がとおく響いてくる。
 そんな絵本である。続巻もただただ旅人が馬でゆくだけのはなしなのだが、そこに物語がある。とても素晴らしい絵本だと思う。
 
 そしてもう一冊、『安野光雅の画集』(講談社)を先日、ブックオフで200円で買ってきた。これは昭和52年の出版だ。
 皇后さまの挿絵も、司馬さんの挿絵も、旅の風景も、それぞれが安野さんのやさしいタッチで描かれている。ところがこの画集の絵は安野さんが50代で書かれた、騙し絵集のようなものである。観ていてとても楽しい。けれど、現在の風趣を帯びた絵とは少し違っていて、それはそれでおもしろい。