本の処分はままならない

 これだ。
 昨日、大きなコンテナボックスにいっぱいの本を処分した。単行本から文庫本まで60冊くらいはあっただろう。倉本聰さんの本はかぶっていたので、その他は現状で必要性がなく、図書館に行けば入手可能な類の本を中心にブックオフに持って行った。

 一日の労働を終えて、風呂で寛いで本を読んでいた。昨日、風呂場に持ち込んだのは4冊ほど、その本はなんでもいいのだけれど、読んでいて本の隙間から、よく本に挟まっているでしょ、出版社の新刊案内が、それが湯船に落ちたんですよ。
 あわてて拾って、窓枠のところに置いておいたんですが、これが1995年の「文春文庫2月の新刊」案内だった。その表紙がダンディー北方謙三氏であった。まだまだお若い。スーツにポケットチーフを挿し、右手にはタバコを持っている。逆さから見たときは、俳優の藤竜也かと思ったくらいですぞ。
 そして今朝、何か書かなくっちゃということで、ネタに困ると『日本史歳時記三六六日』(小学館)を開くわけなんだけど、そこでこの記事に当たった。
《浜田の廻船問屋、密貿易で死罪》
 石見国浜田の廻船問屋会津屋八右衛門は国禁を犯して密輸をやっていて、それが幕府隠密の間宮林蔵にかぎつけられて、天保8年6月10日に死罪に処せられた。浜田藩も責任を問われ、勘定方役人が死罪、元老中だった藩主は永蟄居から奥州へ左遷されるという大事件となった。
 ここでワシャはワシャの大事件にはたと気がついた。昨日の処分した本の中に、北方謙三『林蔵の貌』(集英社)の上巻・下巻が入っていたのだ。もうずいぶん前に読んだ本だったし、何年も前から書庫の通路にはみ出していた。だから思い切って、コンテナボックスに入れて、処分に踏み切ったのだが、およよ、こんなことなら残しておけばよかった。夕べの風呂といい、今朝の歳時記の記事といい、ワシャが本を処分したことを、本たちが怒っているようだ。

 こんなこともあったんですよ。
 作家の日垣隆さんが主催する読書会で、吉本隆明『「反核」異論』(深夜叢書社)が2017年9月の課題図書になった。名著である。日垣さんはこの本の推薦文とともに、こう言われた。
《この名著も、Amazonで15冊のユーズドしかない。文庫すらない有様なのだ。街のなかから書店が消え、家のなかから「格闘すべき本の群れ」が消え、ネットにもなく、日本から次々と出版社も倒産している。》
 つまり流通している『「反核」異論』は世界に15冊しかなく、名著が消えていく現状を憂いておられる。だからみんなで読んでおこうということになった。
 運のいい事に、ワシャはこの希少本を入手していた。最も本を読んでいた10年くらい前にブックオフで見つけた。ずいぶん長く棚に挿してあったのだが……。その課題図書決定のメールをもらう1年くらい前から大量に本を整理し、とくに評論系の棚を重点的に整理して、通路に平積みしておいたのだ。何度もコンテナボックスをブックオフに運び、そうこうしているうちに通路も片付いた。その頃に「課題図書は『「反核」異論』でっせ」という案内があった。独特の装丁
https://bookmeter.com/books/497931
には確かに記憶があって、平積みの本の中にこの表紙の本が紛れいた。しかし、平積みの本はすでに整理されてどこにもない。なんにもな〜い。み〜んなブックオフに持っていってしまった。
 でも、課題図書だからなんとか入手して読まなくっちゃ、と思ってネットで探したが、流通していた15冊は、課題図書の通知を受けた読書会の仲間があっという間に購入して、気がつけばどこにも無くなっていた。
 仕方がないので、図書館で借りることにした。ところがだ、ワシャの町の図書館はかなりの蔵書を誇っているが、そこにはなかった。周辺の自治体図書館もあたったが所蔵はなかった。ようやく見つけたのは愛知県立図書館だった。愛知県内で『「反核」異論』があったのはここだけだった。
 そんなことがあって、それからワシャは本の処分に臆病になった。勢いよく整理ができなくなったのだ。でも本は日々増殖を続けて、やはり一定数の本がはみ出していく。で、がんばって整理をつけると、『林蔵の貌』の喪失である。まぁこれは大量に流通しているのでそれほどの痛みはないんだけれど、昨日の今日くらいの話なので、やれやれ感は出る。
 いつ何時、その本が必要になるかわからない。だから捨てられない。しかし、スペースにも限界がある。トホホ。