日々記 観劇別館 このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter

2017-02-19

『ビッグ・フィッシュ』感想(2017.2.18マチネ)

キャスト:
エドワード・ブルーム=川平慈英 ウィル・ブルーム=浦井健治 サンドラ・ブルーム=霧矢大夢 ジョセフィーン・ブルーム=赤根那奈 ドン・プライス=藤井隆 魔女=JKim カール=深見元基 ヤング・ウィル=りょうた ジェニー・ヒル=鈴木蘭々 エーモス・キャロウェイ=ROLLY

日生劇場で上演中の『ビッグ・フィッシュ』を観てまいりました。

元はティム・バートンの映画で、映画の脚本家がこのミュージカルの脚本も手がけたとのことです。

若き日の壮大で不思議な冒険譚を一人息子に語り続けるが、どこかで息子と正面から向き合おうとしないエドワード。いつしか父親の言葉に耳を傾けることを止め、お喋りでいい加減な父親として疎む息子のウィルウィルの披露宴でエドワードは息子との約束を破ってしまい、大げんかになるが、その後エドワードと妻サンドラが隠していた病がウィルと新妻ジョセフィーンの知るところとなったのをきっかけに、ウィル父親の真実を何も知らないことに気づいて……というのが、この舞台のストーリーです。

妖しげに予言を告げる魔女、恐ろしげだが心優しい大男、あこぎだが意外と誠実な狼男。舞台上に描き出されるエドワードの冒険譚は、ミステリアスで美しくもどこか見世物小屋のようにごてごてと飾り立てられた作りもの感を醸し出しています。とりわけ、キッチュな幻想の極みであるサーカスの光景と、そこで歌い踊る少女サンドラと双子(?)の少女の美しくもチープな可愛らしさよ。

「パパの話に登場する美女は、いつもママなんだ」という2幕でのウィルの言葉のとおり、踊るサンドラが夢想の産物なのか、実際にエドワードが目にしたものなのかは分かりません。ただ、全くの作りものではなく、一片の真実が含まれていたのだろうと思います。

エドワードは夢の冒険譚ばかりを語り続け、肝心の真実は一言も話さない。ウィルと同じく、途中までは私もそう思っていました。

しかし、エドワードの冒険譚にはある重要な真実のヒントが隠されていました。ウィルが真実を辿る2幕の展開が、とてもドラマティックで、それまでのキッチュなファンタジー場面が見事に現実へと繋がって行きます。

この真実へウィルを誘導するキーマンの役割を果たすのが、蘭々さん演じるジェニーです。

失われて二度と戻ることのない、大切な宝石。しかし希望を持ち新天地を得ることにより守られた、かけがえのない大事なもの。たくさんの美しい幻想に包まれ守られてきた、隠された財宝。それらの存在をウィルに伝える重要な人物を、蘭々さんが好演されていました。2幕の3分の1以上は、彼女がかっ攫っていったように思います。

そして、真実を手に入れたウィルは、かつてたくさんの夢の冒険譚を聞いた者として、父親の若き日に魔女が予言した光景を実現させるために最初で最後の手助けをします。

エドワードからウィルへ、ウィルからその息子へと、バトンリレーのように繋がれて行く夢。この辺り、ちょっと『フィールド・オブ・ドリームス』的だと思いました。

舞台上の空間に、何度かホログラフの巨大な魚(ビッグ・フィッシュ)がゆったりと泳ぐ場面がありましたが、物語の冒頭で見たビッグ・フィッシュと、ラストに泳ぐビッグ・フィッシュとでは、全く印象が異なります。肉体が消滅しても、それを受け継ぐ者がいる限りはビッグ・フィッシュはどこまでも泳いでいくのです。

振り返るとこのお芝居、実はミュージカルでなくても良いのかも、という気もする一方で、慈英さんの地に足の付いたペーソス溢れる歌声と、少年期から老年期まで、様々な時代を瞬時に行き来する快活でポジティブな演技、そして浦井くんの要所要所を締める力強くも温かい歌声と徐々に解けて行く心の表現とがなくてはならないものとも感じたので、やはりミュージカルである必然性はあったのだろうと考えています。

そして、舞台上に表現されるキッチュ香り漂うファンタジー場面や、対照的に温かい光に満ちながら沈み行くエドワードの故郷、透明感溢れる湖水を湛えたウィルの故郷の美しさといった場面。これらの場面演出は見どころのひとつになっています。

最後に、あまりこういう話を身の回りの現実と結びつけるのは野暮かも知れませんが、日本ではここ数年、災害や事故により故郷の風景が失われる悲しい出来事が続いています。

ビッグ・フィッシュ』のエピソード災害でも事故でもないので、単純に一緒くたにできるものではないかも知れませんが、故郷を失っても人は、別の居場所を見つけてでも、優しく輝く宝石を心に抱いて生きていく力を持っているのだ。そう思わせてくれる、哀しくも温かい、人が夢を抱いて生きる力を信じさせてくれるミュージカルだと思いました。

蛇足な付け足し。浦井くんと子供の並びって、実にしっくりと似合うと思います(^_^)。

2017-02-11

『クリエ・ミュージカル・コレクションIII』初日感想(2017.2.9ソワレ)

キャスト:
大塚千弘 涼風真世 瀬奈じゅん 保坂知寿 岡田浩暉 今拓哉 田代万里生 吉野圭吾 山口祐一郎
木内健人 福永悠二 松谷嵐 横沢健司 天野朋子 島田彩 堤梨菜 橋本由希子

シアター・クリエまでクリコレIIIこと『クリエ・ミュージカル・コレクションIII』を観に行ってまいりました。

なんと、これが2017年の観劇始めです。昨年まででは考えられないこのスロースタート……。

昨年まではセトリ(セットリスト)は記憶が頼りだったため、年寄りには厳しくなり始めていましたが、今回からセトリがロビーで配布されるようになったので、嬉しい限りです。

ミュージカル・コンサートの場合、未見の演目*1の楽曲が分からず困ることがありますが、セトリさえあれば後から「ああ、あの演目の歌! 再演したら観に行きたいかも」等と合点が行くという利点もあります。

しかし、今回まだ開幕から3日目と日が浅いですので、セトリや重要なネタバレはこの記事では書かずにおきます(軽微なネタバレは書く)。

ということで、非常にまどろっこしくなりそうな感想です。

今回のコンサートの舞台セットは、トランプカードをモチーフにしたものでした。カードのマーク部分にLEDが仕込まれていて、時々良い感じで光って綺麗です。

1幕は、キャストのオープニング・トークから始まりました。

初日の「日直」*2は万里生くん。最初が、自分のコレクションは『CHESS』の一曲(未見なので曲名失念)で、石井カズさんと中川アッキーさんの対局を審判する役で、色々な意味でなかなか大変でした、というお話でした。

その後は今回の楽屋話。クリエの楽屋でお隣のお二方(今さん&岡田さん)の楽屋から笑い声(今さんのは聞こえず専ら岡田さんの、らしいです(^_^))が聞こえてきて楽しそうなので、同じ楽屋の圭吾さんに、お隣と壁を取っ払いたいです、とこっそりお話ししたところ、圭吾さんが「じゃあ俺が言ってくるよ」と先輩らしく侠気を見せたと思いきや……というエピソードを、やられたー! という感じで楽しそうに語っていました。

トーク終了後、1曲目スタート。賑やかで楽しい、山口さんがリードして全員が登場するあの曲でした。

その後は、瀬奈さん、岡田さん、知寿さん、万里生くん、千弘ちゃん、涼風さん、圭吾さん、今さん、再び千弘ちゃんと万里生くん、そして知寿さんと山口さん、という順番で全員が次々に歌っていったのですが、曲目のセレクトが、

「あれ? この曲目をあの方じゃなくて貴方が歌いますか? じらしてる? でも、確実にこの選曲、誰かさんにリスペクトしてるよね?」

という印象だったので、こ、これは絶対何か隠し球があるに違いない! とどきどきしていたら、1幕の最後に大きな大きな隠し球の正体が明らかになりました。

アはアンジョルラスのア。アは赤色のア。

あの曲で、あれだけ狂喜乱舞した上に爆笑したことは、後にも先にも恐らくないと思います。

1幕はセトリによれば、計16曲演奏されたようです。

2幕でも、「そう、この曲はこの方でなくては!」というツボをしっかり抑えつつ、「おお、この曲を、この方(達)が歌いますか」という本舞台ではないコンサートならでの楽しみもあって、耳も目も大満足でした。

ここでちょっとまた「あれれ?」と思ったのは、長年当たり役として持ち歌にしてきたあの曲を歌われた山口さんの出で立ちでした。

役のカツラを付けていたのですが、髪の色などが、ご自身が演じられていた時のイメージとは異なっていました。あの役はもう若い者に譲ったから、今回歌っているのはあの役の復活ではなく、あくまでかりそめの姿なんだよ、ということをさしているのでしょうか? 考えすぎ?

2幕の17曲目(通しで33曲目)を、山口さん以外の全員(含むアンサンブル)で歌われた後に、アンコールで山口さん登場。

「えええ! これを歌う? こんなことがあっていいの?」

と息を飲みつつ耳を澄ませていたら、あっという間に1曲終わっていました。

ちなみに歌詞は英語でした。山口さんの英語の歌を聴いたのは、多分M.A.の帝劇初演楽動画で聴いたWhite Christmas以来。つまり、きちんと英語で歌うのを聴いたのは初めてでした。

歌い終えて、いつもの両膝に手を置く端正なお辞儀をする山口さんを見つめながら、所詮昔を知らない観劇新参者につき、泣く、までは行きませんでしたが、時が経てばこんな日が来ることもあるのだなあ、と感慨深かったです。そして、普通に「生きてて良かった」と思いました。

なお、日本語訳詞のある楽曲が英語詞で歌われる事情は、普通にとある劇団*3の版権の事情だと思っていましたが、Twitterで伺った限りでは、たまに許可が出ている場合もあるようです。ただ、今回のような公演では普通は許可が下りないだろうと思います。

ラストの2幕19曲目(通算35曲目)では、客席降り演出がありました。実は今回最前列でしたので、色々堪能することができました。ありがたや。

全員で踊る場面もありました。山口さん、軽くですが、普通にステップを踏んで踊っていましたよ(^_^)。

初日ですので、カーテンコールではご挨拶がありました。皆様爽やかに真面目な内容で、積極的に笑いを取りに行っている方はどなたもいらっしゃらなかったように思います(←何を期待しているのか)。

以下、今回のプリンシパルキャストに関する一言感想です。

千弘ちゃん。人妻になってもコケティッシュな可愛らしさは健在でした。

涼風さん。自称「妖怪」ですが、妖怪と言うより見る度に人外感に溢れた美しさが増しているように思います。

瀬奈さん。お歌に安定感が増して、私の中で徐々に「この人が舞台にいれば安心」要員になりつつあります。

知寿さん。涼風さんや山口さんと言った人外要素の強い華と、全く別のタイプの至高の華として対峙して中和して、最高の華を咲かせることのできる、数少ない人材だと思いました。

岡田さん。まさかその曲を貴方が歌うとは! とびっくりしましたが、考えてみたら岡田さん、何年か前に別の役ですがあの演目に出ていた、と後から思い出しました。以前も別のコンサートの時に思いましたが、歌だけで自分の世界空間を舞台上に作り出せる役者さんのお1人です。

今さん。男声デュエットや男声カルテットで強烈な光を放っていました。あの変態紳士にも久々にお目に掛かれて嬉しかったです(^_^)。

万里生くん。実は結構私の好みの歌声と歌い方になってきた感じがしています。ただ、別の席で観ていた友人が「万里生くんはちょっとおじさんになってきた」と言っていて、はっ、もしやその年輪が影響しているのか? とも思っております(^_^;)。

吉野さん。ダンスのちょっとした一挙一動で舞台を支配するのは、やはりこの方ならではです。でも、それだけでなく、お歌も本当に精進されているのだな、と今回改めて思いました。瀬奈さんとのデュエットが素敵でした(^_^)。

そして山口さん。この方がお元気で、キラキラとした笑顔で、サービス精神旺盛に舞台上にいてくださることは、とてもありがたいです。前回の舞台が大変シリアスだったので、より一層キラキラ笑顔が心に染みいるのかも知れません。これからも益々お元気で、そして華やかでありますように。

*1:私の場合『42nd Street』、『モンテ・クリスト伯』等、非常にたくさんの演目が該当します。

*2演出家山田さんのブログの表現を拝借。

*3:バレバレですがあえて書かない。

2017-01-01

謹賀新年・2016年総決算

旧年中は大変お世話になりました

今年もどうぞよろしくお願い申し上げます

さて、新年早々恐縮ながら、旧年のやり残しということで2016年の観劇生活をざっくりと振り返ってみます。

昨年の観劇リストは下記のとおり。計11回の観劇でした。

楽しかったのは何と言ってもTdV

お腹を抱えて笑いっぱなしだったのはエドウィン

何の邪心もなしに世界を堪能できたのはジキハイ。

人生の一瞬の煌めきが切なくも美しかったのはアルカディア。

娯楽への徹底に好ましい潔さを感じたのは王家。

そして頭と心をフル稼働させてもなお消化しきれないのは貴婦人。

どの演目も、それぞれ美味しく賞味いたしました。

我が身を振り返りますと、以前もご報告しましたように、昨年4月末から約3ヶ月ほど病気療養を余儀なくされました。病気の方は経過観察中ですが、気力と体力の回復度合いは療養以前の8割程度であり、加えて手術後の後遺症のためいまだに若干外出が不便な状態が続いています。

秋冬の公演では浦井くんの『ヘンリー四世』もとても観たかったのですが、全幕を見届けるだけの体力に自信がなかったため泣く泣く断念しました。もうしばらくは演目のハードさと体力の回復度合いとを天秤にかけながら劇場に通うつもりです。

実は最近、こちらのブログを続けるべきかどうか、何度か迷いました。

『貴婦人の訪問』の観劇の度に自身の感性の貧しさや教養の拙さに打ちのめされ、心に渦巻く思いを自らが充分納得の行く豊饒な言葉で紡ぎ出すことができない、と、自身の書き物にうんざりする時を過ごしていたのです。

しかし、ごく最近は、各々の演目への思いを私自身の言葉で書き綴り、それらをWebの端っこに載せることにより、同じ演目を観た誰か、観る予定の誰か、未来で過去の演目について知りたがる誰か、あるいは演目の作り手の誰かに伝わり、何かを受け取ってもらえさえすれば、それで良いのかも知れない、という考えに少しずつ至っています。

……とは言え、このような考え方は自意識過剰過ぎるかも知れません。新年はブログに限らず、もう少し、ゆるゆるとしたスタンスで臨めれば、と思います。皆さま、引き続きよろしくお願い申し上げます。

2016-12-06

『貴婦人の訪問』東京千穐楽感想(2016.12.4マチネ)

キャスト:
アルフレッド・イル=山口祐一郎 クレア・ツァハナシアン=涼風真世 マチルデ・イル=瀬奈じゅん マティアス・リヒター=今井清隆 クラウス・ブラントシュテッター=石川禅 ゲルハルト・ラング今拓哉 ヨハネス・ライテンベルグ=中山昇

『貴婦人の訪問』東京楽を観てきました。

クリエに向かう途中で山手線が、秋葉原駅での乗客線路立ち入りや品川駅でのモバイルバッテリー発火騒ぎで一時運転見合わせになり、慌てて京浜東北線に乗り換えるも有楽町駅は通過する時間帯のため、結局東京駅で下車し、日比谷まで20分ほどかけて、ステッキを突きつつ歩く羽目に。何とか無事開演に間に合いましたが、少しだけ『貴婦人』の終盤でやはりステッキを突いて市民裁判の会場に駆けつけるクレアの気持ちが分かったような気がします。

東京楽の座席は、3列目の下手サブセン。キャストの生声が伝わってくる良席でした。

今回観ていて、アルフレッドとクラウスとの対話に何とも言えない悲しみを覚えました。

アルフレッドは1幕〜2幕の序盤では周囲の変貌にすっかり怯えきっていて、クラウスの思いやりの言葉さえも策略と信じて心を閉ざしています。2幕の雑貨店で市民に罵られた後の対話でやっとクラウスの優しさと、善い人が故の苦悩と絶望に気づくのですが、時既に遅し、でした。

それはたとえ集団心理の前で2人が無力であったとしても、もっと早く分かり合えていればもう少し展開が違ったのではないか、と、大変に悲しいエピソードです。しかし恐らくこの2人の対話があったからこそ、次の場面、マティアスとゲルハルトの裏切りを経て、アルフレッドの諦めと決意に結びついたのではないか、と、千穐楽でようやく思い至りました。

禅さんの演技からは毎回、クラウスの「どうしようもない心持ち」が伝わってきていましたが、この千穐楽ではそれが際立っていたと思います。

また、万感の思いを込めて去りゆく友に手を振る山口アルフレッドの背中も、何とも静謐でありながら、果てしない切なさを漂わせていました。

今季初めて怒りを覚えたのは、1幕で瀬奈マチルデが貴方を守るわ、と山口アルフレッドに語りかける場面でした。

ジェスチャーで感謝らしきものは示しているものの、マチルデの温かい言葉に返事を返すこともせずただ黙って甘えるばかりで、なのに2幕最後には妻を打ち棄てるアルフレッド。私、滅多に山口さんの役に腹を立てることはないんですが、急にむらむらとタコ殴りにしたい衝動にかられました。瀬奈マチルデがひたすら奥ゆかしく可愛らしく夫を信じて尽くそうとしているのに、まるで豆腐に針を刺しているようで、ちょっといらっとくるのです。

そして、東京楽という場ゆえでしょうか。山口アルフレッドと涼風クレアの演技の反射とぶつかり合いも、鬼気迫るものがありました。

特に1幕終盤。相手を撃ち損ね、撃たれ損ねたアルフレッドとクレアは、この時互いへの激しく深い愛を確信したのだと受け止めています。ただし、クレアのそれは、あの時アルフレッドの裏切りで失われた純愛を取り戻し昇華させるには、やはり彼を赦さず断罪し息の根を止めねばならぬ、というものであったと思いますが……。

あと、涼風クレアと、若クレア飯野さん。2幕の「世界は私のもの」での表情、感情のシンクロぶりが半端なかったです。2人のクレアから、彼女の受けた心と身体の痛みが二重に伝わってきて、息詰まる思いでした。

その傷ついてどん底に落ちて、大富豪の老紳士の死後に7人夫を取り替えても癒えることなく元カレと故郷への復讐心を燃やし続けてきたクレアが、アルフレッドと新たな人生を生きることではなく、やはり復讐の成就によってしか救いを得られなかったのは、何とも皮肉で苦過ぎる展開です。

アルフレッドが死を受け入れた――彼女に命を差し出す決意をした――ことにより生まれた、愛という名の永遠の命は無論尊いものではありますが、クレアは心のどこかで自らの陰謀が覆ることを望んでいたのかもしれない、と、最後のクレアの「人殺し!*1」の叫びと壮絶な微笑みを眺めながらどうしても考えずにはいられませんでした。

カーテンコールでは、楽ということで、瀬奈さん、涼風さん、山口さんの順番でご挨拶がありました。

瀬奈さんのご挨拶には、

「毎回酷い捨てられ方をして、毎回魂を揺さぶられる作品でした」

という一言が。この「酷い捨てられ方を」のくだりで、捨てた夫・山口さんが捨てられた妻・瀬奈さんにペコリとお辞儀してました(^_^)。

瀬奈さんの挨拶が終わり、涼風さんにそのまま振るのかと思っていたら、何故か振らず、山口さんが軽くあわあわしながら涼風さんに振っていました。

涼風さんは「昔妖精、今妖怪」のいつものフレーズの後に、昔から、馬、かぼちゃ、妖精*2宝塚に入ってからは男性を、退団後は女性に戻って、様々な役を演じてきましたが、と前置いて、

「クレアは、私の一番の女性です」

「命続く限りクレアを演じたいと思います」

と言っていました。

プロデューサーの岡本さん、服部さん、アルフレッド役の山口祐一郎さま、そして愛する共演者の皆様のおかげでクレアを演じることができました」

とも。はい、祐一郎さま別格(^_^)。

最後の山口さんのご挨拶は「いつもの」でしたが、何故か先に共演者の皆様と手を繋いでから、

「皆様とひと時を過ごすことができました。本当にありがとうございました」

と言っていました。観客のみならず共演者への温かい感謝の念も込められていたのでしょうか。

その後は何回か全員お出ましがあった後に、山口さんと涼風さん2人だけでお出ましが3回くらい。

2回目くらいに、演出の山田さんをはさみ打ちで拉致してきてご挨拶。途中で山田さんを舞台前方に無理やり押し出しもあり。

そして、3回目には涼風さんが軽くターンした後、何と山口さんが一回転ジャンプしていました。ああっ、もう還暦なのだからご無理なさらず!と心で叫びながら、でも嬉しかったです。

瀬奈さんや涼風さんがご挨拶でも触れていましたが、これから福岡、名古屋、そして大阪へと貴婦人カンパニーの巡演の旅はまだ続きます。しかし、私自身の貴婦人との旅は、東京楽が最後。今、ちょっと、腑抜けになっております(^_^;)。

どうかまた、涼風さんの言葉のとおり、クレアとアルフレッドにまた出会える日が巡ってきますように。

*1:この「人殺し」にはクレア自身も含まれていると解釈しています。

*2:かぼちゃと妖精は忘れていたのでTwitterフォロワーさんに教えていただきました。シンデレラの舞台でしょうか?

2016-11-23

『貴婦人の訪問』感想(2016.11.20マチネ)

キャスト:
アルフレッド・イル=山口祐一郎 クレア・ツァハナシアン=涼風真世 マチルデ・イル=瀬奈じゅん マティアス・リヒター=今井清隆 クラウス・ブラントシュテッター=石川禅 ゲルハルト・ラング今拓哉 ヨハネス・ライテンベルグ=中山昇

『貴婦人の訪問』(2回目)を観に、再びシアタークリエに出向いてまいりました。

この作品に関する思いは、もっと気の利いた言葉で語りたくて、でも自分の文学的素養や知性ではとても太刀打ちできない所があり、また、舞台の隅々まで目も行き届かず、たまにTwitterなどで秀逸な感想や鋭い観察を見かけると「ちくしょー!」と羨望と悔しさにまみれたりしています。相変わらずの乱筆乱文となりますことをお許しください。

ネタバレあります。

オープニングでギュレンの市民がとことん先の見えない不況にあえぎ、かつてぼろ雑巾のように社会的に抹殺したクレアにすがろうとしている姿を見るといつも、
「おまえ達の中で罪を犯したことがない者だけが、この女に石を投げよ」
というフレーズが脳裏に浮かんできます。市民のクレアやアルフレッドに対する所業についてだけでなく、観客として市民に対し、さて、石を投げられるだろうか?と考えてしまうのです。

今回、クラウス校長の指揮で市民合唱団が歓迎の歌を披露する場面で、アルフレッドがひっくり返った音程に驚いてめまいを起こし、ヨハネ牧師に倒れかかっていたことに気がつきました。山口さんのアルフレッド、1幕ではこの他にも、警察署に駆け込む場面でのゲルハルト署長との掛け合い漫才など、結構笑いで攻めています。

1幕でアルフレッドのお芝居がコントであればあるほど、黒豹の死以降の展開がより重たく胸を打つように思います。

特にゲルハルト署長。クラウス校長以外の友人3名は1幕で既に物欲に走っていますが、うちマティアス市長は市の平和と自ら保身のために、ヨハネ牧師も市民の幸せと正義のためにそれぞれアルフレッドとの友情を切り捨てているのに対し、ゲルハルト署長は友情を維持することと、自ら信じる正義の下に友人に引導を渡すこととをどちらも矛盾無く両立させています。*1それ故に、「永遠の友達」のデュエットで歌われる篤く美しい友情は、観ていて心底ぞっとします。曲と2人のハーモニーにはあんなに堪能させられるというのに。

黒豹の死は、正義と街の平和のためなら命を奪うことは赦されるという既成事実を市民に与える分岐点になっています。

でも、アルフレッドは単にクズかっただけで、市民の命を脅かしたわけでもないのに、罪人として黒豹ちゃんのように死を悼んでもらえないのは、何だか不条理ですね。

1幕ラストの「愛の嵐」で思ったのは、アルフレッドは所業だけ見ると本当にクズ男なのに*2、それでもキスされてクレアが一瞬でもぐらついてしまうのは、クレアが憎悪と表裏一体な濃厚な愛情を抱くに値する何らかの魅力を彼が有していたからなんだろうな、ということです。それでも、残り火で塞がるには傷はあまりにも深すぎたということでしょうか。傷の深さは2幕の「世界は私のもの」で徹底的に語られ、息切れしない涼風さんにいつも感嘆しています。

2幕の前半は、私的には観ていてかなりつらい展開です。「元気でアルフレッド」から「モラルの殿堂」を経て、ゲルハルト署長が引導を渡しに来るまでの場面(除く「世界は私のもの」)。もちろんアルフレッドが市民や友人に対して色々と諦め、気持ちを固めるには必要な展開だと分かってはいるのですが、それまでの間のクラウス校長の葛藤がどこまでも辛くて演じる禅さんの歌声もか弱く負け犬感たっぷりで、市民や友人達の行状はこれでもかとえげつなさ過ぎるので。

それだけに、アルフレッドのソロ「もう恐れない」は実に甘く心に染みいるのです。それまで罪ともかつての恋人とも、そして共に暮らす妻とすら正面から向き合ってこなかった男の声色も目つきも、死を前にして水を得た魚のように生き生きしていくのは皮肉なことです。その代わりにマチルデのある意味自業自得とは言え報われなさ加減が際立つわけですが。

アルフレッドとクレアが迎えた結末。普通であればどちらかの死は2人を分かつものですが、この愛は死により永遠が約束されたのだと思います。しかも片割れの死によってしか成就し得なかった愛。

元彼と故郷に対し、策略を巡らして巧妙に復讐を完成させたのは他ならぬクレアであり、彼女にまんまと踊らされた街の人々が導いた状況でもあります。

復讐によってもたらされた結末の凄まじさと裏腹に、成就する愛の構図があまりにも美しすぎるのは、本当に皮肉です。

アルフレッドとクレアの哀しくもしっとりと大人の愛を歌い上げるデュエット「愛は永遠に」の、山口さん&涼風さんの滋味と深味のある歌声。そして、終盤で時が止まったような現在の2人の頭上で幸福そうに抱き合い駈けていく若い2人の輝くような姿。

ストーリーだけ見ると正に2chまとめなどでよく見かける「後味の悪い話」ですし、ラストにクレアが「人殺し!」と吐き捨てたり、マチルデに凄みのある微笑みを向けたりもしますが、やはり自分がこのミュージカルは「愛の成就の物語」であると感じるのは、上に記したような描かれる構図の美しさ故であると思いました。

……ああ、やはりまだ思いをすっきりと語り切れません。この演目、あと1回しか観るチャンスはないのですが。ちなみにクリエ楽がマイ楽になります。

なお、カーテンコールで腕を組んで登場する山口さん&涼風さんが本当に可愛らしくて、オタク用語的意味合いで「尊い」です(「尊い」の参考記事)。あと1回しかこの2人を観られないのが本当に残念で、香水の瓶に詰めて取っておきたいぐらいです(それは違う作品)。

*1:この辺りはゲルハルト役の今さんも作品パンフで言及しています。

*2:あの所業について、彼の人間の器が小さかった以外の拠ん所ない事情があったのかどうかは劇中では一切説明されないので不明です