日々記 観劇別館 このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter

2017-08-31

映画『この世界の片隅に』感想(2017.8.25鑑賞)

もう先週金曜日の話になりますが、ようやくアニメーション映画『この世界の片隅に』を鑑賞してきましたので感想を記しておきます。

2回目を観ない限りは消化しきれない所もたくさんありますが、初見でしか書けない感想ということでご容赦ください。

初っ端の第一印象としては、「すず」さんを演じたのんさん(本名:能年玲奈さん)の声の、あの絵柄の世界にしっくりはまる感じと存在感に驚かされました。どこか、あの大竹しのぶさんに通じる雰囲気があると思います。

序盤のすずさんの幼年時代のシーンが、あえてそういう描写になっているらしいですが大変に虚実あいまいで、そんな場面が旦那さんとの邂逅という重要なポイントになっているのは面白いと思ったりもしました。

この世界の片隅に』は、1人の絵を描くことが上手な若妻の戦争に翻弄された人生を描いた、第二次世界大戦前から戦中、戦後間もなくにかけての物語です。

この映画は反戦映画と思うか? と問われても、実は良く分からないです。

ただ、災厄や死というものは何人に対しても、平和な世においても平等そして理不尽に訪れますが、戦争というのはその「理不尽」がとりわけ残念な形で、しかもよりたくさんの、幅広い立場や年齢の人々に一度に降り注ぐ、人間が引き起こす事象の中でも最悪の部類に属するものであることには違いないので、できるだけ発生が回避されるべき事象であると、すずさんや、晴美ちゃんを初めとする周囲の人々の受難を見て改めて思ったのは確かです。

すずさんのように少女から抜け出したばかりの素直で純粋で健気で忍耐強く、その上一見地味に見えて実は豊かな芸術的感性を持った瑞々しい女性だからこそ、彼女が次々に大事なものを奪われていく姿はより痛々しいものがあります。しかし、彼女以外の人々も、人生の大事なものを奪われたり壊されたりしたのだということを、これでもかと丹念にリアルかつ細密に描写された、戦前の広島や呉の街の姿が物語っていたと思います。

映画を見たお年寄りの方達が、確かにあの時代のあの風景の中に家族や自分がいた、と語ったそうですが、まさに人間の埋もれた記憶を呼び起こす、素晴らしい情景でした。

この世界の片隅のどこかで、1人1人異なる人生を送る人がいて、1人1人違う形で生を終えています。誰かの死は覚悟の上のものかも知れませんし、別の誰かの死は全く理不尽で望まぬ形で訪れたものかも知れません。あるいは生まれたことそのものを理不尽と感じている人もいることでしょう。

しかし、誰のどのような人生であろうと、本当は少なくとも自分自身にとっては愛おしいものであってほしい。万人において人生がそのようなものであることは、まずあり得ないのだと知りながらも、この映画を見た後ではそう思わずにはいられません。

すずさんの失われた右手―かけがえのない自らの重要なアイデンティティでもあり、光り輝く胸を締め付けられるように懐かしい日々の象徴でもあります―は二度と還ることはありませんが、それでも世界の片隅で彼女の人生は続いて行きます。

右手を失ったことは理不尽な災難以外の何ものでもありませんが、皮肉にも恐らく、もし右手を失っていなければ、彼女は終盤に大切なものとの巡り逢いを経験することはなかったか、もう少し出逢いが遅れていたかも知れません。

こういうのは何と言えば良いのでしょうか? 「理不尽な巡り合わせが出会わせたささやかな幸福」とでも呼ぶべきでしょうか? 全くもって人生とは理不尽で不思議なものだと深く息をつくばかりです。

2017-07-24

『ビリー・エリオット』プレビュー公演感想(2017.7.22ソワレ)

キャスト:
ビリー=木村咲哉 お父さん=吉田鋼太郎 ウィルキンソン先生=島田歌穂 ビリーのおばあちゃん=久野綾希子 トニー=藤岡正明 ジョージ=小林正寛 オールダー・ビリー=栗山廉 マイケル=城野立樹 デビー=夏川あさひ バレエガールズ=久保井まい子、大久保妃織、佐々木佳音、高畠美野、新里藍那 トールボーイ=小溝凪 スモールボーイ=岡野凛音

7月19日から赤坂ACTシアタープレビュー公演が始まった(本公演は25日から)、日本版『ビリー・エリオット』を観てまいりました。

まさかここまで子役が、主役のビリーだけではなく、助演の少年少女達もセンターで本格的にハードに歌い踊る演目だなんて! というのが今回の最大の感想です。

物語の設定は1980年代前半のイングランドの炭鉱街。鉄の女・サッチャー政権下、不況にあえぎ、荒くれ炭鉱夫どもが雄叫びを上げ、労働争議が勃発している街の、閉塞し鬱屈した、しかし皆が必死に生きようとする、煮えたぎる闇鍋のようなエネルギーが、開幕の初っ端から舞台上にむせかえるほどに溢れていました。

街の労働者階級の人々の訛りは全て北九州訛りで表現されていました。恐らく日本の筑豊辺りのイメージを投影しているのだと思います。余談ながら、個人的に、元北海道民としては炭鉱のイメージは九州一色ではなく、夕張や歌志内辺りも混じっていたりするわけですが、やはり一般的に炭鉱と言えば九州なのでしょうね。

そんな沈み行く街で、無教養で不器用で頑固親父な炭鉱夫の父ちゃん(数年前の朝ドラでは炭鉱王だった鋼太郎さん!)や、若者の粗野さの陰に暖かさを宿した兄さんのトニー、時々物忘れするけど、内には若き日と変わらぬ熱いハートを秘めたおばあちゃん(久野綾希子さんの佇まいが良い!)、そして、恐らくあの時代ではまだ十分に理解を得られなかったであろう、ある秘密を持つ親友のマイケルらとともに、街の鬱屈した空気をやり過ごすように生きている少年ビリーの運命が、偶然にウィルキンソン先生のバレエレッスンに出会ったことで動き始めます。

歌穂さん演じるウィルキンソン先生の指導は実にエネルギッシュですが、鬱屈した夫、バレエの才能に乏しい娘のデビー(デビーもまた、薄汚れた街で悪態をつきながら強かに健気に生きている子供のひとりです)、そして場末でくすぶっている自分……やはり心のどこかにこの街で生きていく上での屈託を抱いているように見受けられました。

綺麗事だけではない人生の苦みを噛み締め、諦観を漂わせながら、ビリーのバレエの才に気づいて光の当たる場所へ送りだそうとする先生に、あまりに歌穂さんのダンスも歌唱力もはまり過ぎていて、Wキャストのもうお一方(柚希礼音さん)の想像が付かずにいます。

全体に、明るい未来や希望というものがとことん見当たらない世界の中で、とにかく子供達のダンスが大変なポテンシャルと瞬発力を持って、まさに「炸裂」してくれています。特に1幕はハードで華やかなダンスが手を変え品を変え繰り広げられるので、舞台上に視線を釘付けにし続けざるを得ません。

今回のビリーは、長期にわたるオーディションを勝ち抜いた最強の5人のうちの最年少、10歳という咲哉くん。名門バレエ学校を目指して意志を貫く、というストーリーから事前に想像していた以上に、バレエだけでなく、タップ、アクロバットと、ビリーの揺れ動く心を象徴するような荒々しさに溢れながらも技術の確かな安定したダンスを見せてくれて、決して客席を飽かせることがありませんでした。

とりわけ素晴らしかったのは、2幕の大人になったビリー(Kバレエの栗山廉さん)とペアを組んでのバレエです。2人で舞う「白鳥の湖」の美しさと言ったら! それまでの抑圧された魂の叫びのようなダンスの対極にある、泣きたくなるほどの優雅さに満ちていました。

これまでいくつかのミュージカルでバレエを取り入れた場面を見たことはありましたが、
「こんなに美しいのなら、いずれ本物のバレエの公演を観たい」
と思ったのは今回が初めてです。

このペアのバレエシーンの後にビリーの運命は急速に回り始めるわけで、だからこそこのバレエは究極に美しくなければならないのだ、と終演後に思いました。

ビリーの父親労働争議に背こうとする理由を知った街の人々が、ビリーに抱いた思いの正体は一体何だったのでしょうか。「希望」……というほど甘いものではなさそうですし、「人情」と呼ぶのも何か違う感じがします。

私は、きっと街の人々は、仕事や生活の未来に何一つ確かに約束されたものがない最中に、何かを強く信じたかったのだ、と思っています。

少年は街を出て行きます。未来が見えなくとも、それでもいつものように逞しい背中を見せて坑道に下っていく大人達を見送り、幼年期に別れを告げて、厳しい学びと修練の世界に飛び込んで行くのです。

終盤、ウィルキンソン先生が、これからは自分のことも、自分が教えたことも忘れなさい、と、自身が赴くことが叶わなかった新しい世界に出て行くビリーに言い聞かせる場面が心に響きました。

なお、プレビュー公演は「スタッフが看板で指示したタイミングでカーテンコール撮影OK」でしたが、私、カーテンコールのキャストの皆さまの群舞に見とれて拍手を贈るのに精一杯で、結構ぎりぎりまで、スタッフさんが撮影OKのプラカードを出しているのに気づきませんでした。折角のチャンスに惜しいことをしたとは若干思っていますが、あのダンスを息をつく暇もなく堪能できたのだから、と全く後悔はしておりません。

……余談ですが、カーテンコールに登場した歌穂さんを見て、「あ、ロビンちゃん」と思ってしまいました。そんなことを考えるのは、きっと私だけ……ですよね(^_^;)。

ちなみに『ビリー・エリオット』のチケットは今回のプレビュー公演分しか手持ちがありません。

ビリーを残り4人全員とは言わないまでも、もう1人か2人ぐらい別のビリーで観たかった、と思う一方で、結構エネルギーを吸い取られる演目でもありますので、このぐらいにしておいた方が良いのかも知れない、と今は思っています。

最後になりますが、ビリー達も、他の子役さん達も、そして大人キャストの皆様も、無事に千穐楽まで舞台を勤め上げられることを願っております。

2017-07-13

NHK『ごごナマ』ご出演!(2017.7.13放映)

久しぶりのブログ更新です。

最近は、ブログのネタがあろうがなかろうが、気持ちが上に向かない時は無理して更新しなくても良いや、という心構えになりつつあります。ご容赦ください。

NHK BSプレミアムで7月9日から始まった、連続ドラマ『定年女子』。田渕久美子さんの脚本、山口祐一郎さんが助演ということで、もちろん見ております。

南果歩さん演じるヒロインの麻子さんのようにバリキャリとして働いたことも、ワーキングマザーの経験もなく、介護の悩みにもまだ直面していませんが、曲がりなりにも長年家の外で働いている中で、組織の事情による配置転換的なものも多少経験していますので、突然キャリアのハシゴを外された彼女の戸惑いにもイタさ加減にも「分かる」と感じる点をぽつぽつと見出しています。

ただ、あいにくと周囲に溝口くんのような若手爽やかイケメンや、丈太郎さんのような可愛い系で美声のアラ還は見当たりませんので、そこだけは今の所は「夢物語」として堪能しております。

というわけで、前置きが長くなりましたが、7月13日のNHK総合『ごごナマ』に果歩さんと祐一郎さんがゲスト出演されたので、録画視聴いたしました。

週末に録画をゆっくり見るのを楽しみにしている方もいらっしゃると思いますので、あまりに子細なネタバレは避けます。

また、どうも自分は人様と若干萌えの勘所が違うような気がしますので、そこは見逃していただければと思います。

祐一郎さんはとにかく番組全体を通して、あの浮遊感のある独特の語り口でにこやかにハイテンションを貫いておりました。

「格好良かったんですね」等の発言に「過去形かよ」などとお約束のツッコミを入れていましたが、もちろん現在進行形でお綺麗です。

……で、ええと、そこの背の高いお客様。画面からはみ出しますので、ホスト役がボケるたびに立ち上がって突っ込むのはお止めください(^_^;)。

確か三回ぐらい立ち上がっていたような気がします。一度、自分より大きい人は珍しい、というようなことをホスト役の船越さんが発言されていました。

デビューのきっかけになったオーディションの話などもされていました。

このいきさつは結構有名ですが、私、ファンとしてはかなり新参者ですので、実はご本人の口で直に語られるのを聴くのは初めてでした。

改めて、某先生に「その時、よくぞ見落とさず拾ってくださいました」と感謝したい気持ちになりました*1

番組の中で『定年女子』に絡めて「人生は50歳からだと思っている?」という問いがゲストのお2人に投げかけられていたのですが、何故か祐一郎さんの答えは「No」。

何で? と思っていたら、その心は「(人生は)還暦過ぎてからが良い」というものでした。そして「えっ、還暦なんですか?」というお約束のボケがあり、それに当人が立ち上がって突っ込むというシチュエーションに(^_^;)。

私、まだまだ還暦には随分時間がありますが、祐一郎さんの「還暦を過ぎてから楽になった」「早く還暦へいらっしゃい」というご発言に、少し勇気づけられた感があります。

一方で「還暦に近づくと年間300日の舞台登板はちょっと無理」というようなご発言もあり、なかなか奥が深いな、と思ったりもしています。

それから、「仕事の息抜きは仕事」という括りで、昨年アメリカ旅行に行かれた時のエピソード披露していました。

昨年某媒体で旅行のことを知り、何故アメリカ? と思っていましたが、今年に入ってから2018年春のお仕事の発表があり、ああ、と納得した経緯があります。

というわけで、「あ、あの橋の写真だ!」とか「私物のタブレットだ!」と浮かれていましたが、そこで写真に写り込んでいたご本人の服装が、何と申しますか、大変いつものテキトー感溢れる雰囲気でして(^_^;;)。

妙なポイントで和んでしまいました。何度も映像を巻き戻して確認したのは言うまでもありません。

……と、祐一郎さんのことばかりを語ってしまいましたが、果歩さんも実に堅実で素敵な雰囲気に包まれた方でした。

番組の最後の方でこのドラマのオファーを引き受けられた理由を、あえてご自身の苦悩(恐らくは、さり気なく番組側が触れるのを避けていた部分)に少々踏み込むことを厭わずに語られていて、ああ、しなやかに強い方だな、と感じ入った次第です。

次回のドラマ放送を心待ちにしています。

*1:離脱の時は、まあ、ごにょごにょ……。それでも見出していただいたのはありがたいことです。

2017-05-28

『CLUB SEVEN ZERO』プレビュー公演感想(2017.5.27マチネ)

キャスト:
玉野和紀 吉野圭吾 東山義久 西村直人 原田優一 蘭乃はな 香寿たつき

いつかは見ておきたいと思った『CLUB SEVEN』。

今年、『CLUB SEVEN ZERO』の上演がある。しかも自宅最寄り駅から乗換無しで行ける北千住でプレビュー公演。ということで、シアター1010まで出向いてまいりました。

ただ、良く知らずに行ったのですが、今回はCLUB SEVENの集大成公演だったようです。

客席も長年見続けて応援しているリピーターさんが多いように見受けられました。

公演中、毎回恒例になっているらしい、お馴染みキャラと思われる扮装もしくは着ぐるみ姿の玉野さんと西村さんによる客いじりがあったのですが、話しかけられていた2名ほどの方のいずれも、複数シーズンを見続けている(お一人は初演から!)ということでした。

カンパニーの皆さま、当方は今回が初回な上、クリエの東京本公演は観る予定がなく本当に申し訳ございません……。

本公演初日がこれからであり、しかもネタが命な内容ですので、以下、お馴染みと思われる基本構成以外はネタバレなしでまいります。

ちなみに構成はAバージョンとBバージョンの2種類あるとのことですが、今回観たのはBバージョンでした。

初めて観た者として内容を総括しますと「う〜ん、体育会系!」でした。

1幕は、実力派揃いのメンバーによるハイレベルなレビューで決めたかと思えば、コントあり、大喜利あり。衣裳も男装、女装、コスプレ、着ぐるみなど実に豊富です。

身体を張って爆笑させてくれた1幕と対照的に、2幕は人情ドラマなミニミュージカルでしんみりさせてくれます。

その後は一転してスピード感溢れる怒濤の五十音順ヒットメドレー、そして爽やかにエンディングへと突入。

キャストの体力、アドリブ力、そして豊かなショーアップ精神が隅々まで尽くされていて、色々な意味で「役者殺し」な演目だと感じました。

観客としても、過去最高の平均年齢(パンフより)にもかかわらず全力で持ち芸を炸裂させてくるキャストのパワーを受け止めるのに、相当の体力と精神力を要求されます。

ちなみに、私、半年前の体力だったら、多分パワーに撃ち倒されていたんじゃないかと思われます。体力がだいぶ回復していて本当に良かった(^_^;)。

この演目は、スタッフの皆さまもさり気なく良いお仕事をされているという印象です。

例えば照明さんが、あの場面転換が目まぐるしい舞台できっちり仕事し、あまつさえ歌の出だしで失敗して進行がだれた時にもしっかり対応しているのは、本当に凄いことだと思います。

何よりも、キャストもスタッフも全力な舞台というのは、視点を変えれば作り手や演じ手の汗水を包み隠さず見せることなので、一歩間違えると自己満足に終わりかねないのですが、『CLUB SEVEN ZERO』はそうではなく、「全力であること」も含めて質の良いエンターテインメントとしている所に好感を持てます。

レビューあり、涙と笑いありのエンターテインメントと言えば、基幹キャストのうち玉野さんと吉野さんとが重なる『ダウンタウン・フォーリーズ』を思い出します。

あちらも『CLUB SEVEN』シリーズと同様、大人が大人のために弾け、時に下ネタも厭わず、芸を尽くしておしゃれに楽しませてくれるショーですが、『CLUB SEVEN』にはおしゃれ感よりは疾走感、そして隠し味としてペーソスが感じられました。

なお、これはお芝居と無関係な部分ですが、原田優一くんの出演舞台を観たのは大変久しぶりでした。

しばらく彼を見なかった間に、何だかヒアルロン酸たっぷりぱつぱつ艶々なほっぺになっていたので、彼が登場するとまずほっぺが気になりまして(^_^;)(優一くんごめんなさい)。そんなわけで、今回の1日を表す私の漢字三文字*1は「艶福頬」に決定しました。

現在のところ、この演目を観るのは今回のみなのですが、Aバージョンも少し気になるところです。

*1:注:今回の本編に登場したネタです。

2017-04-23

『王家の紋章』感想(2017.4.22マチネ)

キャスト:
メンフィス=浦井健治 キャロル新妻聖子 イズミル=宮野真守 ライアン=伊礼彼方 ミタムン=愛加あゆ ナフテラ=出雲綾 ルカ=矢田悠祐 ウナス=木暮真一郎 アイシス濱田めぐみ イムホテップ=山口祐一郎

王家の紋章』再演を、今回は聖子キャロルで観てまいりました。

手持ちのチケットは今の所これが最後です。もう一度観るかどうかは定かではありません。

前回のブログに再演版の演出について文句ばかり書いていますが、今回改めて観て、

「初演版で削られた箇所を初めからなかったものとして、まっさらな気持ちで観れば、意外と素直に楽しめるかも」

と思い直しました。

観たものの感想や考察を書こうと思いますが、あまり気合いが入っておりません。

聞く所によれば2.5次元ミュージカル界(そんなものがあるのか)では「板が出るまでネタバレ厳禁」という掟があるらしいですが、そこまで書く気力が湧いてこない……。

とは言え、DVDは帝劇にて購入を予約しました。もう一度観たい、というよりは今後の舞台作品の映像化の継続に繋がれば、という思いから、投資のつもりで2バージョン予約しています。

では、以下、感想+考察にまいります。

前回初めて佐江キャロルを観て、カワイイ! 声も出ている! と思ったのですが、今回聖子キャロルを観たら、声の伸びが遙かに尋常ではありませんでした。

別に歌唱力だけで評価するわけではなく、聖子キャロルの方が気の強さにプラスしてキャロルの必死さや面倒くささの含有率が高いような気がして、個人的には好みです。さすが「王族」。

宮野イズミルは2回目でしたが、今回はあまり「うぜえ」とは思いませんでした。既に公演日程の中日が近かったためか、何と言うか、声の出し方とか、表現が洗練されてきたような印象です。

イズミルがキャロルに惹かれたタイミングが分かりづらいとか、イズミルの歌唱の出番が続きすぎるとか、全く役者さん方の責任ではない要素において、心境の変化の色づけをしていくのは本当大変だろうと思います。

ついでに、あのずるずるした衣裳で殺陣をこなすのもかなり苦労が多いのではないかと……お疲れ様です。

それにしても全体の物語の中で、アイシスとライアンとイズミルは本当に報われないですね。節目節目の出番も多くてこんなに頑張っているのに、弟は結婚は政治的駆け引きだから思い入れも何もない、みたいなことを言っておいてナイルの娘に走るわ、妹はやっと発見されたと思ったらまた失踪するわ(しかも存在だけは伝わってくる!)、戦争は撤退を強いられて思い人が手に入る見込みもないわで。

特に2幕で、せっかく目の前で眼福・耳福なデュエットやカルテット披露されているのに、繰り広げられるストーリーは叶わぬ愛や末端の兵士の死、という鬱展開なのは結構辛いです。

これは別に、2幕のカルテットで自分が眠ってしまった言い訳ではありません(^_^;)。でも本当に疲れてしまったのです。

そんな中で、宰相イムホテップ様が、出番が少なくなったにもかかわらず、ダイソンの掃除機並みの吸引力、もとい求心力を発揮し、しかも癒しパワーまで発揮していたのは救いです。

Twitterでどなたかも指摘されていましたが、最初の登場で大階段を老人らしくえっちらおっちらと杖を突いてゆっくり下りてくる姿とか、その後王様と再会して本当に嬉しそうな姿とか、終盤で愛を確かめ合っているカップルを横目に見て実に嬉しそうにしている姿とか、あとカーテンコールで隣のライアン兄さんにちょっかいを出しているさまとか、色々と眼福な癒し要素はございます。

何だか「エジプトの知恵」というよりは「エジプトの癒し」になっているような気がするのです。

なお前回、エンディングを変更するなら、いっそもっと婚礼衣装などでゴージャスにならないものか? という趣旨のことを書きましたが、今回観て、

「最後にメンフィスが羽根背負ってポーズを決めながら大階段を下りてきて、キャロルと踊るなどすれば良かったかも。ついでにイズミルとミタムン(あるいはイズミルとルカでも可)がデュエットダンスを踊って、そして全員集合したら宰相様とアイシス様とライアン兄さんとウナスとセチがシャンシャンを持って……」

と不謹慎なことを考えてしまいましたすみません(^_^;)。

というわけで消化不良気味ですが、この辺で失礼いたします。