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トナカイ語研究日誌

2009-04-22

現代歌人ファイルその29・吉野裕之

 吉野裕之は1961年生まれ。九州大学大学院農学研究科修士課程修了。1986年に「桜狩」、1988年に「個性」に入会。加藤克巳に師事、光栄堯夫に兄事している。歌風としてはライトヴァースとみなせそうなものが目に付く。俵万智が次席、荻原裕幸が最終候補となった1985年角川短歌賞にて、吉野の作品も最終選考を通過し注目を浴びている。それぞれが全く異なる歌の系譜を持ちながら、それぞれが口語短歌の可能性を追求していた。熱い時代だったのだろう。

  他人事のような相づち打つなんてもう肉まんを分けてあげない  

  一月の首都は快晴 ほろほろとみずほちゃんたらこけてしまえり

  何でもない何でもないといいながら後ろ手にドア閉めて笑えり

  ほくほくはやきいも ぽくぽくは木魚 ああ、ぼくたちは啄木が好き

  「ヒロクーン、ごはーん」階下より呼ぶこえのする 神かもしれぬ

 確かに軽く、どこか人を食ったような歌ばかりである。師にあたる加藤克巳は短歌にシュールレアリズムを持ち込んだような作風が特徴であるが、吉野の歌はそれをさらに都会的に洗練させたような趣がある。しかし、お洒落でライトなばかりが吉野の持ち味ではない。加藤から受け継いだもっとも大きな特徴は、ひたすらに一点を見つめて世界を反転させようとする視線の集中である。

  軍手ひとつ 横断歩道に落ちている 右か左か考えてみる

  夕暮れのサッカーボール夕暮れの足に蹴られて転がってゆく

  たくさんのことを納得したような視線がぼくを困らせている

  友が用を済ませしトイレに入りたれば他人の臭い満ちておりたり

  風花はまん中の空より落ちてしばらくをわが風景にある

 枡野浩一は「桜狩」への入会を検討したことがあるほど吉野の歌に入れ込んでいたそうだが、このあたりの歌に魅かれたのではないかと思う。写生ではない。日常から非日常を取り出す発見の歌でもない。しかしその両方の要素を併せ持ち、新鮮な驚きを与えてくれる。この不思議な魅力は、なかなか言葉にしがたい。強いて言葉にするなら、まったく「人間」を描こうとしない歌であることだろうか。

 「看護婦の美奈子さんまた有線にTELしてる〈夢おんな〉お願い」のように固有の人物名が登場するのも吉野の歌の特徴であるが、これらに出てくる名前はいずれも匿名に等しい固有名詞である。誰とでも取り替えがきくような人物名なのだ。こういう使い方は斉藤斎藤の歌にもしばしばみられるが、吉野にしても斉藤にしても都会人の視線が「人間」を見ているようで実はまったく見ていないことを指摘してみせているのだろう。せいぜい「僕」と「君」程度にまで縮小する人間関係で社会が成立しているので、その内面まで丁寧に掘り下げるべき他者など存在しないのである。横断歩道に落ちている軍手と、自分とかかわりのない「他人」が同じ位相にある。友が使った後のトイレに満ちている「他人の匂い」は、「他人」が生命を持っていることへの違和感の象徴である。この世において真に生きているのは自分一人ではないか。そういった思いが充満している歌なのだ。

  木立よりトランペットの響きいて 夏、揺れ止まぬ馬のしっぽは

  石段にひかりは層を成しにつつ夏蝶ふいに影を連れ去る

  ぼく達がいま歩きいるコラージュの街に空飛ぶ鯨を見たか

  少年のジャングルジムとわが座るベンチのあいだ樹々たちの影

  真っ白き雲湧く午後の教室に少女の海をあこがれている

 その一方でこうした美しい抒情歌もみられる。この世界には「自己」と「他者」との人間関係を超えたところにある美しい風景がある。そのことに気付いて晴れやかな表情を見せたような歌である。吉野が「人間」を描こうとせずにただ風景を眺め続ける歌を作ったのは、人間関係への悩みが根底にあったからかもしれない。そこから解放されたとき、自分や他人のいる「社会」を包含するものとしてこの世界を肯定することができるようになった。それが美しい夏の抒情歌へとつながっていったように思える。

  ベッドにはパジャマ姿のいもうとがいて春の雨まだあがらない

  仏壇に手を合わせいる妹の横貌にわが少年が棲む

  夏へ地図展(ひろ)げるごとくいもうとのパジャマの胸をそっと開いて

  病葉のごとく過ぎゆくおそ夏を妹はわがベッドに眠る 

 「僕」と「君」の小世界の外側の住人がみな同じ顔をしている吉野の歌世界。そんな中で異色を放つのが「妹」の存在である。吉野の歌う妹は理解しがたい他者だが、紛うことなき固有の人格を持ち、「僕」を少し危険な世界へと誘う。この妹がいつも寝具と一緒に描写されるのは、ようは「眠り姫」だからだ。眠っている限り「僕」と「妹」は何らの関係性も持てない。にも関わらず、世界の外側で不可思議な魅力を放ち続ける。口を利かないゆえの美しさ。吉野は「他人」に怯えつつも、心のどこかで自分の世界を壊そうとしない誰かが自分のすぐそばで眠っていてくれることを願っていた。その願いが「妹」という存在を通じて具象化したように思えるのである。