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2012-09-07

移転しました。

告知するの完全に忘れてましたが…。

新しくブログ作りました。

http://room427.net/

これからは↑上記サイトでよろしくお願いします。

2011-10-18

自分は何者だ?

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僕は小さい頃から集団行動が苦手で、みんなが普通にできるようなことができなかった。早くから自分は普通の人と同じ人生は歩めないと思っていたし、歩むつもりもなかった。

そんななんで、「みんなと一緒に同じことをやっていれば大丈夫」という当時あった思想的な安全圏(幻だったけど)の外で生きなきゃいけないとコンプレックスに心を痛めながら思ったものだ。必然的かどうかはわからないけど、そのせいで「自分は何者なのか」という問いが常に自分の中にはあった。人と違うからこそ、それがわからないと、僕は幸せに生きていくことができないと内心思っていたからだ。

アメリカに滞在していた数年間でいろんな国の人と会い、思想や生き方の多様性を学び、「みんな違ってていいんだ、大丈夫なんだ」とわかってからは、鬱屈した感情は晴れ、一気に自由になれた。しかしそのことでなおさら「自分は何者なのか」という問いの答えを求め、考え続けていた。


そんな中で、こんな言葉に感銘を覚えた。

「自然が美しいのではなく、自然を見た人が美しいと感じるだけだ」

「親切な人がいるのではなく、親切を受け入れる人のほうが親切だ」


どちらも素晴らしい言葉で、それを突き詰めて考えていくと、だんだんわかってきた。

例えば僕はコーラが好きなんだけど、コーラがおいしいのではなく、僕がコーラをおいしく感じるだけだ。人によってはまずいと感じる人もいるだろう。それでもコーラコーラなのだ。

それとは逆に僕はビールがまずくて飲めない。しかし世界の大多数の人はビールを最高にうまいと感じているようだ。それもビールがうまいわけでもまずいわけでもなく、人がうまいと感じ、僕がまずいと感じるだけだ。

海が青いのではなく、見た人が青いと感じるだけだ。色覚が違う生き物が見れば、海はグレーかもしれない。窓から心地いいそよ風が吹いてくるわけではなく、僕がそよ風を心地いいと感じているだけだ。氷点下の世界に住むペンギンには、熱風が吹いてきたと感じるかもしれない。僕が見て、感じている風景と、別の人、別の生き物が見て、感じている風景がすべて一致するなんてあり得ない。

「やさしくて思いやりがある人」と言われたり、「自分勝手で自己中心的な人」と言われたり、頭がいいと言われたり悪いと言われたり、楽観的だと言われたり悲観的だと言われたり、僕も同じようにいろんな人からいろんな評価をされてきた。でもそれはその人たちがただそう感じただけのこと。それだけのことだ。それが僕というわけではない。


そう考えてくと、最終的に

「自分は何者でもない」

ということに気づいた。


「自分は何者なのか」を考えていった末に「自分は何者でもない」という答えはなんだかなと思ったけど、「自分が何者であるかなんて単なる幻想なんだ」とわかったら、かなり気分的に自由になれた。

自分は何者でもないし、何者になる必要もないし、何者になることもできないのだ。僕は僕に、あなたはあなたにしかなれない。

自分はただの一人の人間だ。そう自分をニュートラルに考えると、目の前の視界が急に晴れ、世界が広くなったような気がした。言い方を変えると、目の前には真っ白なキャンバスがあって、どう色を塗ることもできると、はたと気がついた。


人は生きる過程で多くの「肩書き」を持つ。僕の場合はデザイナーであり、男であり、日本人であり、30代であり、夫であり、父であり、友人であり、同年代であり先輩であり後輩である。その肩書きと世間的な「何者であるべき」という固定概念の複雑な絡まりで、自分を見失うようなことはもうやめだ。

そして人が決める「いい人」に自分を同化させる努力はいらないし、人が決める「ダメな人」に自分が当てはまっていないか過度に心配する必要もない。僕は一人の人間。何者でもない人間が何者になる意味も必要もない。


何者になる必要がなければ、あとは自分の心に素直になるだけだ。心が反応したものを選ぶ。心が反応した場所に旅に出る。心が反応した人と付き合う。心に従って生きれば、行動力があるとかないとか、ポジティブかネガティブかなんていう基準に悩むことはない。メディアが作る流行に無用に惑わされることもない。


折しも世界は集団から個の時代にシフトし、そしてワーキングスタイルも業界やプロとアマの基準など、どんどんファジーになっていく中、この発想に自分なりにたどり着けたのは、けっこうな収穫だったと思っている。そして自分の中に築き上げていた「何者」という幻想的なボーダーがいかに自分の生き方を制限していたか今更ながら気づき、これからはそのボーダーをいかに取り払っていくかが大切だと思った。


朝起きたら、そこに毎日何者でもない自分がいる。その日をどう感じ、どう考え、どう生きるかは、すべて自由なのだ。


おしまい!


この記事のエンディングソングは、ENIGMAの「Return to Innocent」です(笑) みんなInnocentにもの考え、生きていこうじゃないか。

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2011-09-19

日本の自然を見に行こう!

佐賀疎開してきて、実質的に佐賀東京のディアルライフを送っているわけだけど、その2つの街を移動する足は、飛行機でも新幹線もなく、「夜行バス」。時間はかかるが、夜間を移動に使える効率の良さや、価格の安さ、予約のしやすさで、すっかり夜行バス好きになってしまった。(この夜行バスに関しては、あとで詳しく記事にしようと思う)

夜行バスは、「寝る用」のバスなので、夜間は電気は消され、カーテンが閉められる。それでも窓側に座った僕は、カーテンに頭を突っ込んで、毎回バスから夜の景色を眺めている。窓から見える景色は、夜でもとてもきれいで、まるで夜の日本の自然に抱かれながら走っているような気分になるのだ。

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緑が生い茂った山々の谷間には川が流れ、平地には畑が広がり、時々かすかに街灯が見える。日本はホントに「山の国」なんだなぁと思いつつ、僕らはこの自然に生かされているんだなぁ、ありがたいなぁ、なんて思う。僕らが豊かに暮らせるのは、この豊かな自然のおかげだ。

と同時に………

原発事故によってその日本の自然を激しく痛めつけてしまっている現状に、心が痛くなった。そして今まで自分たちのことしか考えてなかった自分に、ちょっとショックを受けてしまった。


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原発事故が起こった3.11以降、僕を含めた東日本に住む人たちは、誰一人例外なく苦労をしているだろうし、皆多かれ少なかれ「被害者」の意識を持っているに違いない。もちろんそれは当たり前のことだ。でも同時に、自分たちも自然に対して、恩を仇で返してしまった「加害者」だという意識を持つことが必要だ……なんてことを、反省しつつ思った。

それはただ自然に対して申し訳なく思っておしまいではなく、これから原発をとめ、クリーンなエネルギーを開発&選択していく上での理念「原動力」に変わるような、重要な意識付けだと思うんだよね。



今日、東京で6万人規模の原発やめろデモがあったらしい。世界的におとなしいと言われている日本人(世界ではなんで日本人は怒らないのか?と疑問に思われているらしい)が、これだけ集まって声を上げた。これは何かが変わるかもしれない、という期待を感じさせるデモだったと思う。これからもどんどんやってほしいし、僕も機会があれば参加したい。


そして、デモもいいけど、

たまには東京を出て、日本の自然を見にいこう。

なんてことも提案したい。


本当は福島の自然を見るのが一番いいのだけれど、それは今のところは危険なので、放射能汚染が少ない場所で、山や川に触れ、自然を堪能しよう。そうすればきっと、原発事故に対して、今までとは別の感情が出てくることだろう。その別の感情とは、被害者ではなく、加害者としての感情だ。目の前の美しい自然と、原発事故を重ね合わせて考えた時、普段感じてる事故への怒りや恐怖よりも、ただ自然に対して申し訳ないと思う気持ちが前面に出てくるに違いない。

これから脱原発し、クリーンなエネルギーにシフトしていく段階では、まずはその自然に対する気持ちがベースに来るべきだと思うし、逆にそれなしで、「原発やめろ!」「東電つぶせ!」と叫びつつ、経済的な数字とその影響だけを考えているようでは、脱原発が単なるスローガンだけで終わってしまう危険性が高い。

もちろん東日本の自然を汚し、自分らの生活すら脅かしている原発と、保身に走る卑劣な責任者たちへの怒りのパワーも必要だろう。でも今はそっちばかりがフォーカスされがちだし、そういう負のエネルギーってのは、ほとぼり冷めるのと同時に薄れてしまうパワーだから、まずは「自然のため」という思いをみんなでシェアする必要は絶対にあると思う。

なので、まずはちょっと電車や車とかで、自然豊かなところに行ってみようよ! 自然らしい自然に触れることなく、電車で毎日都心と自宅を往復して生活しているような人たちは特にね。

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本当はこういう「自然を守ろう!」的なことを書くのは、なんかベタというか、当たり前すぎて正直気が引けるのも確かなんだけど、これ、東京に住んでるとやっぱりわかっているようで、わかってないんだよね。僕自身、さっき書いたように、夜行バスで自然眺めたり、疎開先の佐賀で山に囲まれて生活したりしながらやっと気づいた感じだから。実際行って触れないとわからないのよ。


だから、大規模な原発反対デモに驚きと期待を感じた今日、あえて書いてみた所存でございます。


頑張ろう日本。ごめんなさい自然。もう二度としないように頑張ろう日本。


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おしまい。


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2011-09-11

9.11から10年たって

今からちょうど10年前の朝、その日は湿気もなく、からっと晴れた気持ちのいい気候だった。僕はアメリカフィラデルフィアという街のアートスクールで、これから始まる期末試験に関する講師の話を聞いていた。まだアメリカに来て半年くらいで、講師の話すくせのある英語がよくわからず、とりあえず早く終わらせて近くのフードコートでハンバーガーが食べたいな〜なんてことを考えていた。

すると突然警備員らしき男性2名が「乱入」という言葉に近い形で教室に入ってきて、講師の話を遮るように、何かを話し始め、教室は騒然となった。

そして突然授業は終了、学校はクローズになり、学生はみんな足早に教室を出て行った。

英語がよくわからない僕は、何が起こったかわからず、一人席で唖然としていると、それを察した講師が僕をパソコンの前に呼んだ。そのモニターに映し出されていたのは、黒煙を上げて今にも崩れ落ちそうなワールドトレードセンターだった。

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ハイジャックされた飛行機がワールドトレードセンターに突っ込みビルもろとも爆発。僕もみんなと同じように、これを現実と捉えるまで、少し時間がかかった。

どうやらワシントンペンタゴンにもハイジャックされた飛行機が突っ込んだようだ。大規模なテロリズムアメリカがさらされていること、そして自分の身にも降り掛かるかもしれないという「恐怖感」をリアルに体験したのは初めてだった。

フィラデルフィアは日本ではあまり有名ではないが、アメリカで最初に誕生した街であり、元首都であり、アメリカ民主主義を生んだ街でもある。ワシントンが独立宣言を行ったインディペンデンスホールなど、アメリカ歴史的建造物が集中している、アメリカ京都みたいなところだ。そしてちょうどNYとワシントンの間にある街でもあることから、次に飛行機が向かってくるのはフィラデルフィア、というシナリオはかなり現実味があったし、実際市内にいた人々も口々に言っていることだった。


大きな地図で見る

その当時はまだ状況が全く把握されておらず、ハイジャックされた飛行機が数機飛んでいるとか、テロリスト地下鉄に乗ってこっちに向かっているとか、いろんな情報が錯綜。学校の前にある高層ビルからは、逃げるように人々が出てきた。市内の店はいっせいにシャッターを閉めた。そして道は川を挟んだ対岸にあるニュージャージー州に逃げる車で渋滞していた。いわば絵に描いたようなパニック&非常時状態だった。

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クローズになったアートスクール

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学校の目の前にあった高層ビル

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ただ、僕自身はそれで恐怖を感じていたというよりはむしろ、間違いなく歴史的な日となるであろうこの瞬間に、現地に近い場所で立ち会えたことに運命を感じ、なるべくこの時を記録しようと、市内を歩き回ることにした。

その前にとりあえず自宅に戻り、国際電話で母親に無事を知らせ、テロ情報を日本語サイトでチェック。日本も今頃テレビはどこも特番で大騒ぎなんだろうな、と思いつつすぐに自宅を出た。というのも、自宅はフィラデルフィア市内の中心部にある高層アパートだったので、その日に限ってはとても安全とは言えないのだ。なので飛行機がくる前にカメラを持って脱出!


朝と変わらず、さわやかに晴れた気持ちいい気候。しかし街は非常事態だ。パトカーのサイレンは鳴り響き、車は渋滞。テレビ局も取材に追われていた。

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そこにちょうどいいタイミングで、ビルのぼや騒ぎなんかあるものだから、僕らからすれば「ついに来たか!」という感じだった。単なるぼやだったみたいだけど…。

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そんな緊迫ムードなストリートを抜け、公園にいくと、風景は一変した。こんなふうに↓

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犬の散歩をする人、風景画を描いている人、木陰のベンチで昼寝している人など、「キミたちNYで何が起こってるのか知っているのか??」と聞きたくなるほど、いつも通りの平和な空気が流れていて、拍子抜けした僕は、思わず一緒に木陰のベンチで一休み。笑


そんなこんなで飛行機は来ないまま日が暮れていき、歴史的大惨事となった2001年9月11日という日は終わった。ニュースによると、ハイジャックされた飛行機がもう一機、ペンシルベニア州ピッツーバーグ郊外に墜落したらしい。この一機がフィラデルフィアに向かっていたのではないか、とフィラデルフィア市民なら今も思っていることだろう。

木陰の気持ちいいベンチに座りながら、ふと思った。この平和な日々はおそらく今日で終わりだろうと。もちろんその後のアフガニスタンイラクで何が起こったかは言うまでもない。アメリカ国内はミサイルは飛んでこなかったが、テロ後遺症と、またいつテロが起きるかわからない恐怖、そして戦争へと突入していく不穏な空気に包まれた生活が始まった。9.11までのアメリカは、寛容で、ほのぼのした雰囲気があったが、この事件を境に、僕ら外国人にも厳しい管理の目が向けられた。


9.11以降のアメリカには、ホント失望することが多かったし、あのテロさえなければもっと楽しく生活できたに違いない。しかし10年たって思えば、事件後のあの空気、そして戦争へと向かう国の雰囲気を肌で感じることができたことは、ものすごい財産になったと思う。

僕は9.11の事件が「解決」してほしかった。戦争も紛争も終わってほしかった。そうすればイラクアフガニスタンも、「過去のもの」として話せるような、「安定した」世界が戻ってくるのではないかと思っていた。要するに9.11からの世界をある種の「非常時」として捉えていて、「いつか終わるもの」と考えていた。しかし残念ながら、その非常時は「デフォルト」となって、イラクアフガニスタンも戦闘で死者が出ることが日常となってしまった。

そして今、日本もまったく解決していない&解決の糸口も見えない大問題を抱えている。日本以外の世界の国々でも、解決できぬままの大きな問題がふくらみ、今まさに「非常時」に突入しようとしている。

21世紀初年度に起こった9月11日の大事件を解決できぬまま、時代は新たな、そして複合的な「非常時」へと向かっている。そしていずれその非常時が大きくなり、膨らんでいくこと自体が「デフォルト化」していくのではないか…。それが僕が今、3月に大事件が起こったまま、どんどん悪化していく非常時な国で暮らしながら強く感じることだ。

しかしそれを嘆いていても何も始まらない。9.11の爆発で始まったこの世紀を、僕らは精一杯生き抜くしかない。もう20世紀の「安定」や「平穏」という幻想はリミットを迎え、泡のごとく消えたのだ。非常時を生きる強さと、非常時であっても木陰のベンチで昼寝できる心の平穏の両輪で、楽しんでサバイブする。もうそれしかないと思っている。そのために、生き方と考え方の抜本的な「チェンジ」が必要になることは間違いないだろう。

頑張ろう日本。頑張ろう人類。21世紀は、まだ始まったばかりだ。

おしまい。


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2011-08-01

【疎開なう】生活用品について

住居を確保したら、次は家具や家電など、生活必需品の調達である。

こういういつまた移動するかわからない生活では、身も心も軽いほうがいいし、それは生活で使うアイテムも同様だ。というか生活自体が、身にも心にも直結しているので、ここをどこまでスリムアップできるかが鍵だと思う。なるべく安く、軽く、コンパクトなものを買うに越したことはない。

そんなことを思いつつ、生活用品をそろえた過程を記録する。


■まずは中古家具店へ

生活には必需の冷蔵庫、洗濯機、炊飯器、電子レンジなど、これを家電量販店で割引価格で買ってもけっこうな値段になってしまうけど、中古リサイクルだとかなり安く買うことができる。洗濯機→2万円、電子レンジ→1万3000円といった具合。(冷蔵庫と炊飯器は運良くもらうことができた)

あとは机や椅子、ベッドなどの家具も、かなり安く買えるので、電気屋や家具店に向かう前に、絶対に中古ショップをチェックすること。

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100円ショップは神

次に向かうべきところは、100円ショップだ。ダイソーなどの大型100円ショップがあれば、生活に必要なものの90%は100円で買うことができる。今回はホント「100円ショップ神!」と思ったね。スプーンやフォークが各4本で100円とか、まな板も包丁も100円、ラックもゴミ箱も100円、もちろん文房具や工具も100円、などなどとにかくありとあらゆる物が100円で手に入るので、生活用品を買おうと思ったら、まずは100円ショップを探すこと。


ニトリ&ベスト電気

上記2つの店をまわってなかったら、家具店や家電量販店に向かうこと。僕らの場合は近くにニトリがあったので、家具はそこで買った。ニトリもかなりお手頃な値段(だいたい数百円)で皿や調理道具を買うことができた。そして九州で有名なベスト電気という店にもお世話になったな。下記が買ったものと値段一例。

タンス(半透明のプラスチック製3段衣入れ)→1900円
作業用デスク(横150cm x 縦80cmくらい)→1900円
デスクライト→600円
物干し(洗濯バサミ48個つき)→500円
中型キッチンゴミ箱(ペダルで蓋の開け閉めができるタイプ)→2000円
バスルームのシャンプーなどを置くラック→600円


■大きい家具はいらない

こういう生活で、大きな家具は邪魔だし、捨てる時も手間がかかるので、極力持たないほうがいい、と僕は思う。うちは畳の部屋に布団をしいて寝るのでベッドはいらないし、タンスはプラスチックの衣入れや、ラックを工夫すればいくらでも代用できる。(東京の自宅でも無印プリプロピレンの引き出しを重ねて使ってます) とにかく大きくて「重い」ものは極力避けたほうがいい。それは物質的な重量だけではなく、精神的な「重り」になりやすい。捨てるのも大変だしね。


■安さと質と、自分の快適度を知る

とはいえ、いくら安くてコンパクトだとしても、それによって自分が不快だったら意味がない。安い枕買っても、それが頭に合わなかった毎日つらいし、作業用デスクも中古のぼろいの買ったら、ガタガタで仕事がはかどらないなんてこともあるかもしれない。そして逆に高いものであっても、それで自分が快適な生活な送れるなら買ったほうがいい。

地べたにござひいて寝られる人もいれば、ホテルのベッドでも自分の枕じゃないと眠れない人もいる。そういうのは人それぞれだから、まずは「自分の中の必要最低限」を追求し、それを生活に反映させていくことが大事ね。普通に自分の家に住むなら、なるべくいい物を買えばいいけど、こういう疎開ライフではそうもいかない。でもそうやっていろいろ知恵を出しながら工夫するのが、疎開ライフのいいところかもしれないね。

そんなことを書きつつも、我が家もまだ手探り状態で「快適な生活」を探ってます。


疎開をご検討の方で、質問等あればいつでも歓迎します。わかる範囲、経験した範囲でお答えしますので、お気軽にどうぞ。


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