言葉の復権

11/25朝日新聞の「文化」欄で、池澤夏樹さんと高村薫さんの時評集を取り上げていました。池澤さんの本は『虹の彼方に』(講談社)。高村さんの本は『作家的時評集』(朝日文庫)。この記事の筆者は朝日新聞の由里幸子さん。

ここで久しぶりに考えさせたれました。言葉について。高村さんの文章まで触れると、かなり長くなりますので、池澤さんの文章に絞って書くことにします。池澤さん*1は最近の言葉の状況を次のようにいいます。

<ここ何十年かで日本人はものを考える代わりに感じるようになった。無図から空気までのすべてが商品と化し、人は感性で、つまり一瞬の好き嫌いの判断で、それを選ぶ。それを促すための滑らかで詐欺的な言葉遣いが日本語のもっとも日常的な用途である。我々は互いを売り合っている>

高村さんの時評集で読んで、由里さんはここでも<結局、世代を超えた共通の基礎である「言葉」が失われているためと考えて、「言葉の復権」を訴えている>といいます。

<社会を動かすのは、お金でも、石油でも、科学技術でもない。ひとつひとつの言葉への信頼である>

<では、言葉が重さをとりもどすにはどうしたらいいのか。あきれはてるだけでなく、ひとつひとつのできごとに、きちんと怒ったり、悲しんだり、語り合ったりする。そんな積み重ねしかない>

「文章の職人」といわれる人達はどう地道な積み重ねをしていくのか。その点を聞いたみたい。また見ていきたいと思います。

虹の彼方に ──池澤夏樹の同時代コラム      作家的時評集2000-2007 (朝日文庫 た 51-1)

*1:永江朗
<池澤の本のなかで、一冊の本が他の本とつながる。読者は同時に、この本に出てこない別の本のことも思い出すだろう。この発見と記憶の連鎖が気持ちいい。本は一冊では完結せず、必ず他の本とつながっている。その「つながり」は書いた人の中だけとは限らない。読んだ人の中でつながって、さらに外へと関係性を広げていく。こういう本が私は好きだ。>