じゃぽブログ

公益財団法人日本伝統文化振興財団のスタッフが綴る、旬な話題、出来事、気になるあれこれ。

「クロスオーバーイレブン」とYutakaの音楽

当財団ホームページ「じゃぽ音(ね)っと」の作品検索ページの「ジャンル一覧から検索」画面を見ると、一番下に「クロスオーバー」という項目があります。今回はそこからの連想で、40歳代以上の人にはたぶん思い出深いだろうと思われるNHK-FMの看板番組だった「クロスオーバーイレブン」のオープニング・テーマ曲について。(かなり強引すぎる展開だ・・・!)

同番組が開始された1978年当初のオープニング・テーマ曲は、今や押しも押されもせぬブラジルを代表する人気バンドのアジムス(Azymuth)の1977年の2ndアルバム「Aguia Não Come Mosca」(日本盤LPタイトルは『涼風』)に収録にされていた「Fly over the Horizon (Vôo Sobre O Horizonte)」というナンバー。じつは、1979年にアジムスがアメリカのMilestoneから「Light As A Feather」でメジャー・デビュー(この言葉もそろそろ死語?)する際に、よりシンセを多用した別ヴァージョンを再録音し、クロスオーバーイレブンのテーマ曲も1981年以降はこの新しいヴァージョンに変わります。

わたしは1979年頃から同番組をしつこく聴き始めたので、古いヴァージョンのほうに愛着がありますが、もちろん新しいヴァージョンも大好きで今でも時々LPを取り出して聴きます(あっ、数年前にはCDで買い変えたりもしていた、そういえば)。古いヴァージョンが入った2ndアルバムは、タイトルとジャケットが変更されてCDで再発されています。

こちらが古いヴァージョンの「フライ・オーバー・ザ・ホライズン」。AZYMUTH - Vōo Sobre o Horizonte (Fly Over The Horizon)


で、こちらが、新しいほうの「フライ・オーバー・ザ・ホライズン」 Azymuth - Fly Over The Horizon - 1979


では次に、少しは「じゃぽ音っとブログ」らしく(?)、ブラジル音楽の中に和楽器の箏の響きを溶け込ませた素敵な音楽をご紹介しましょう。

アジムスのようなブラジル系フュージョンをお好きな方は多いと思いますが、セルジオ・メンデスに憧れて若くしてアメリカに渡り、メンデスやデイブ・グルーシンに師事し、現在も米国西海岸を拠点に活躍している日本人ミュージシャンYutaka(横倉裕)さんをご存知でしょうか? Yutakaさんの音楽には、ブラジル人よりもブラジル人らしいソウル(魂)を感じますが、ときどき彼がキーボードとヴォーカル以外に箏を奏でていて、その音がまたなんともいえない趣を感じさせるのです。

海外において、世界中からやってきた一流ミュージシャン達と一緒に音楽活動をしていくときに、日本人であることの個性を押し出していくことはひとつの行き方です──実際、現代音楽の世界でも海外留学経験のある人のほうが日本の伝統文化や伝統音楽について真剣に向き合い、自身の創作に反映させているケースが多い。邦楽器を使うことを考えたのがYutakaさん本人なのか、それとも1stアルバム『Love Light』のプロデューサーだった師匠のデイブ・グルーシンが、「日本人なんだから、他の国出身のミュージシャンとの違いを分かりやすくアピールする意味でも、和楽器を使ったほうがいいんじゃないか」と言って箏を取り入れたのか?(でも、この1stアルバムの時点では、まだ箏はYutakaさん自身による演奏ではないのですが) しかしまあ、きっかけはどうあれ、その後Yutakaさんが実際に箏を自分自身でも弾くようになって、その響きを使った見事な音楽を実現させているわけなので、そのことのほうに注目すべきでしょう。

これは、名盤の誉れ高いYutakaさんの3rd アルバム『BRAZASIA』のタイトル・トラックで、わたしが偏愛している曲。タイトルは、「BRAZASIA(ブラゼイジャ)」。そう、<ブラジル>と<アジア>です(以前国内盤CDが出たときのカタカナ表記は「ブラザジア」)。箏もYutakaさん本人の演奏。

Yutaka - Brazasia


次は2ndアルバム『YUTAKA』からの曲。米国盤はなんと本人と箏のジャケット。中間部でYutakaさん本人が弾く箏ソロもバッチリ決まっています。

Dreamland | Yutaka Yokokura


で、その横倉裕さんですが、海外へ雄飛する前に日本でNOVO(ノヴォ)というグループを組んで活動していました。1973年にキングレコードから2枚のシングル盤を出したのですが、それが全く売れず、アルバム用に録音済みだった曲はお蔵入りになってしまったという、まさに知る人ぞ知る(というか正確にはほとんど誰も知らない)存在でした。それが2003年になって、行達也さんとキングレコードのディレクター本田丈和さんの情熱が実を結び、驚くような偶然に導かれて(この話を本田さんからは何度も聞かせてもらいました)ついにYutakaさんと連絡が取れ、残されていた当時の音源を集めてCDが復刻されました(『novo complete』)。聴いてみてこれが二十歳前後の大学生たちの演奏とは思えない抜群のセンスの良さに驚かされます(横倉裕さんはウィキペディアには1956年生まれとありますが、正しくは1952年生まれなので1972年の録音時点では20歳)。ストリングスや管楽器、打楽器の編曲も横倉さんによるもので、しっかり譜面を書いてスタジオにもってきたそうです。ミックス時には楽器位置の割り振りも指示していたとのこと。やるなあ。ブラジルと日本を絶妙に重ね合わせ、夢のような時間を作り出しています。これもまた日本的方法と創造的感性が生んだ成果であり、広義な意味での「日本伝統文化」だったりして?!

白い森/NOVO


ところで人によって(世代によっても)全く違ってくると思いますが、1965年生まれのわたしが初めてボサノバやサンバなどブラジル音楽を感じさせる曲を聴いたのは、当時の歌謡曲でした。印象的だったのがこの二曲、丸山圭子さんの「どうぞこのまま」(1976)と八神純子さんの「思い出は美しすぎて」(1978)。丸山さんは22歳のときの作詞・作曲、八神さんは20歳のときの作詞・作曲。この若さで、なんて大人っぽい世界を描いているのでしょう。今聴いても大変魅力的です。


どうぞこのまま 丸山圭子


思い出は美しすぎて 八神純子


(堀内)

もう一ヶ月以上たちの悪い風邪で心身ともに大分弱ってきているので、なんだかこういう懐かしい曲や歌が心に染みてきます・・・。はやく元気にならねば!



<追記>
2007年に、喜多嶋修さんのプロデュースでデビューしたMAKEが、昭和歌謡曲のテイストに包まれたアルバムを出していて、そのなかの一曲「ただいとしい」(作詞:阿久悠、作曲:喜多嶋修)がボサノバ・テイストでいい感じです。プロモPVが、ユルくて微妙なモノクロ・アニメで、これまたいい感じ。→


そして邦楽器とボサノバという流れでは、忘れてはいけない名盤がありました。山本邦山さんの『箏、尺八、ビッグ・バンドによるスタンダード・ボッサ』(1968)。宮間利之とニュー・ハード・オーケストラ 、横山勝也さん 、沢井忠夫さんとの共演。最近CDで再発されています。31歳時の名演! これぞまさしく金字塔。→

今、山本邦山さんの活動歴を確認してみたら、同年に『山本邦山/尺八とボサ・ノヴァボサ・ノヴァ日本民謡集1集、2集)』という作品もテイチクからリリースされていました。こちらの共演者は沢田駿吾クインテット沢田駿吾、徳山陽、村岡建、池田芳夫、日野元彦、西川喬昭)です。うーん、聴いてみたい! これは2009年発売のボックス盤『山本邦山 / JAZZ BOX 1967-1986』の中で初CD化されています。→


蛇足ですが、山本邦山さんの世界に名だたるジャズの名盤『銀界』は、1970年の33歳時、日本フォノグラムからのリリース。共演はゲイリー・ピーコック(b)、菊地雅章(p)、村上寛(d)。もし未聴の方はぜひ!

(堀内)