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松田春翠

(映画)
まつだしゅんすい

活動弁士、マツダ映画社創立者。1925〜87

1925年(大正14年)、初代松田春翠の実子として東京に生まれる。幼くして少年弁士として活躍。出征を経て、47年に復員後、再び活動写真と共に歩み、弁士を務める一方で各地に散逸してしまったフィルムの収集にあたる。
48年に二代目松田春翠を襲名。この年、全国映画説明者競演会で優勝。52年にマツダ映画社を設立。59年、毎月定期的に無声映画を弁士付きで上映する「無声映画鑑賞会」を設立して会長に就任。
79年、ニュー・サイレント映画『地獄の蟲』を製作。80年、ドキュメンタリー映画『阪妻-阪東妻三郎の生涯』を製作し、演出、ナレーションも担当。
84年、ドイツ・フランクフルト映画博物館に招かれ、ヨーロッパで初の弁士公演を行う。
松田春翠が収集したフィルムは日本の無声映画を中心に約一千作品、六千巻にのぼり、自身の活弁と伴奏音楽を録音した“活弁トーキー版”三十二作品を製作。63年にミリオンパール賞、85年には第一回東京都文化賞を受賞している。
87年8月8日、肝細胞癌のため死去。

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