土地に関する騒ぎというのは常に絶えないものらしい。 明治三十年の市区改正で、浅草区並木町通りは西に向かって五間ほど取り拡げられる運びとなった。 簡潔に云えば道路拡張、ためにまず、工事予定地買収が前提として不可欠である。 並木町通りに地所を持つ江戸っ子どもが府庁に召喚されたのは、同年六月二十五日のことだった。 (浅草寺にて撮影) 用件は分かりきっている。 はてさて「お上」の気前の良さは如何ほどか、値札にいくら書く気かと、欲のそろばんを弾きつつ出掛けていった地主らは、 ――人を虚仮にしくさるか。 と、突きつけられた条件に一同こぞって色をなし、今にも唾を吐かんばかりの険悪ムードで帰還した。 「角地は…