野間宏(1915 - 91)、『暗い絵』執筆のころ。 ふだんは忘れていてもかまわない。世相がきな臭い匂いを漂わせだしたとき、ふと思い出して読返す気になる小説に、野間宏の出世作『暗い絵』がある。 主人公にして語り手でもある深見進介の昭和九年、十三年、二十一年が重層的に凝縮されている。一篇末尾で昭和二十一年の進介が、かつての自分らの「仕方のない正しさ」を本当の正しさに立直してゆかねばならないと宣言するくだりが、ひとり野間宏に留まらず、日本文学全体のあるべき進路と読者から支持され、野間は新たに登場した新作家いわゆる戦後派の代表的存在と位置づけられた。 正しさがなぜ「仕方ない」のか。志を同じくした三人…