北風の紋三郎は、上州無宿の侠客である。一膳飯屋でガツガツと食事をしている。とろろ芋をご飯にかけ、メザシを放り込み、かき混ぜる。早飯である。侠客は命を狙われるので、そういう食べ方をしているようだ。 「ところで、旦那……」紋三郎に声をかけたのは、板場から出てきたばかりのみよ吉である。「ああ……なにかね」紋三郎が顔をあげる。「お代をいただきましょうか」みよ吉は、右手で算盤を弾いた。「あ、これはどうも……申しわけない」紋三郎があわてて懐中から財布を取り出そうとしたとき、その財布が宙を飛んだかと思うと、店の天井に当たって、同じく食事をしている北添数馬のところに落ちてきた。「ほら、財布」と、数馬は紋三郎に…