私の生まれ育った家は、「松月堂」という名の菓子屋だった。 私は子どもの頃は、本気で跡を継いで菓子屋になるつもりでいた。 父は小さい時に自分の父を失い、苦労したらしい。 お菓子屋さんへ住み込みで奉公して技術を覚え、大人になって独立して和菓子屋を開いた。父の母親と、妻となった母とで、従業員さんもいたらしい。 父は、自転車の後ろにまんじゅうなど乗せて、遠くへ配達に行ったらしい。 母は、朝早くから、夜遅くまで、菓子屋を手伝い、従業員の世話をした。 1階から2階へは、黒光りのする梯子段がかかっていた。 毎晩、どんなに遅くなっても母はその階段を拭かぬうちは寝ることはできなかった。 母は、赤ん坊を背に負いな…