【古文】 いと忍びて通ひたまふ所の道なりけるを思し出でて、 門うちたたかせたまへど、聞きつくる人なし。 かひなくて、御供に声ある人して歌はせたまふ。 「朝ぼらけ霧立つ空のまよひにも 行き過ぎがたき妹が門かな」 と、二返りばかり歌ひたるに、 よしある下仕ひを出だして、 「立ちとまり霧のまがきの過ぎうくは 草のとざしにさはりしもせじ」 と言ひかけて、入りぬ。 また人も出で来ねば、帰るも情けなけれど、 明けゆく空もはしたなくて殿へおはしぬ。 をかしかりつる人のなごり恋しく、 独り笑みしつつ臥したまへり。 日高う大殿籠もり起きて、文やりたまふに、 書くべき言葉も例ならねば、 筆うち置きつつすさびゐたま…