アメリカの女性飛行士。 1897年7月24日生まれ。 リンドバーグに引き続き、女性として初めての大西洋単独横断飛行などをした事から『ミス・リンディ』の愛称で知られる。 1937年7月の赤道上世界一周飛行の途中で、南太平洋で行方不明に。 伝記映画が製作されたり、様々なSF等に登場したりと、アメリカでは現在でも代表的な国民ヒロインの一人である。
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この小説を読んだ後、ネット検索で調べていて、冒頭の本書カバーに使われている写真は実在した女性飛行士アメリア・イアハートの写真であることを知った。1931年オートジャイロでの最高到達高度記録を樹立、1932年大西洋単独横断飛行に成功、1937年5月赤道上世界一周飛行に挑戦し、7月2日アメリカ領ハウランド島を目指す飛行途中で消息を絶った。 さらに、本書でもう一つの史実を知った。1939年(昭和14年)8月26日東京を起点に機長を含む7名の乗組員が純国産の双発プロペラ機「ニッポン」号で世界一周飛行に挑戦し、10月20日東京に帰還したという事実。こちらは現在の毎日新聞社の前身である大阪毎日新聞社と東京…
原書の HOUR OF GOLD, HOUR OF LEAD と邦訳の『輝く時、失意の時』では収録されている写真に違いがある。原書の方が枚数が多いが逆に邦訳にしかない写真もある。 この写真は邦訳の方にはない。初めて見る写真だ。 二人は面識はあったんだな。 1930年1月、アメリア・イアハートが33歳、アン・モロウ・リンドバーグが24歳くらいか。 チャールズ・リンドバーグとの結婚から半年くらい、まだ彼女がエンジン付きの飛行機免許を取得する前、1931年に夫妻で日本まで飛んで来た時より前の写真だ。 二人の性格とか気性とかの違いがはっきり出てるように思われる。 アメリア 永遠の翼 [Blu-ray]…
Amelia Earhart アメリア・イアハートには、コインの裏表のような異なる人生模様があった。 1937年、赤道上空を飛行するため最長距離になる世界一周飛行を、彼女は明日に控えていた。 思えば、1923年、米国16番目の女性パイロットとして免許を取得。5年後、1928年大西洋”便乗”飛行でアメリカン・アイドルになる。それから4年後、1932年大西洋女性単独飛行に成功。その後5年間、全米を飛行し、アイドル・パイロットとして、各地で熱狂的な歓迎をうけ、数えきれない講演会を行った。 アメリカン・ドリームになったアメリアは、10年間連れ添った夫、ジョージ・パットナムから距離をおきたいと思い、今回…
Amelia Earhart すべてに初めがある。そして、初めての人がいる。「初めて」は、さまざまなビジネスチャンスを生む、価値転換のマーケティングがある。このことは、昔からビジネスマンは気づいていた。 チャールズ・リンドバーグが単独で大西洋横断飛行を成功させたのが、1927年5月。その数ヶ月後には、「初めて」の女性パイロットを大西洋横断させようとするプロジェクト・チームがつくられていた。 チームリーダーのアメリカ人の富豪、ヒルトン・ラレイは女性パイロットの候補をあげるようにチームに指示をだした。選ぶ基準はシンプル、新聞のフロントページが似合うルックスのいい女性だった。理由もシンプル、スエーデ…
1. アメリア・イアハートとは? アメリア・イアハート(Amelia Earhart)は、1897年7月24日、アメリカ・カンザス州アチソンに生まれました。彼女はただの飛行機好きの女性ではありませんでした。彼女は**「空の先にある未来」を信じ、限界を恐れず挑戦し続けた先駆者**です。 子どもの頃から好奇心旺盛で、男の子のように活発に動き回る少女でした。第一次世界大戦中には看護助手として働き、その後、カリフォルニアで小型飛行機の飛行体験をしたことが、人生を大きく変えます。「空に浮かぶというのは、なんて素晴らしい感覚なのだろう」と彼女は日記に記しています。 2. 歴史を変えた偉業:大西洋単独横断飛…