アリエル・シャロン

(社会)
ありえるしゃろん

[英] Ariel Sharon
アリエル・シャロン(1928年2月26日 - 2014年1月11日)は、イスラエル政治家軍人。イスラエル元首相(第15代)。
パレスチナテルアビブ近くの村で生まれる。
1945年、イスラエル軍の前身の自衛組織に入隊。
1948年、第一次中東戦争イスラエル独立運動)に参加。第三次中東戦争第四次中東戦争で軍人としての功績が評価される。
1973年、退役。右派政党リクード結成に参画し政界入りするも議員を辞職。
1977年、総選挙で当選し、メナヘム・ベギン内閣の農業相として初入閣を果たす。イスラエル労働党に勝利以後リクードイスラエル政権与党となった。
1982年6月のレバノン侵攻時は国防相として作戦を指揮。ベイルートの難民キャンプで起きたパレスチナ人大量虐殺に至る動きを黙認したとして国際的な批判を浴び、1983年2月に国防相を解任された。
1999年9月、与党リクードの党首となる。
2001年3月、イスラエル首相に就任。パレスチナとの中東和平交渉の推進に反対するイスラエル国内のユダヤ教右派勢力を説得。パレスチナ自治区「ガザ」からイスラエル軍の全面撤退を決断。その後、撤退は段階的に実現した。一方でアラブ諸国には強硬な発言や行動を繰り返し、内外から強い批判も受けた。
2005年11月、中道政党カディマを結成、リクードを始め多数の議員がこれに合流した。
在任中の2006年1月4日、重い脳内出血で倒れ、4月には執務不能の状態が100日間を超えたため、法律の規定により退任。その後も昏睡状態が続いていた。
2014年1月11日、入院中のテルアビブ近郊の病院で死亡した。85歳没。

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