冒険家。 南極大陸横断に挑むも船が座礁し失敗。にもかかわらずシャクルトンは、適確な状況判断とリーダーシップで南極のひと冬を乗り切り、27名の隊員を全員無事に生還させた。 隊員の募集広告の文言がよく知られている。
求む男子。至難の旅。僅かな報酬。極寒。暗黒の日々。絶えざる危険。生還の保証なし。成功の暁には名誉と賞賛を得る。
先日、『アーネスト・シャクルトンのエンデュアランス号が南極の深海3000メートルで発見される』というニュースをみました。 なんでも1915年に沈没したとのことで、今から実に107年前に海に沈んだ木造船です。 100年以上前だし、木造だし、普通ボロボロになってそうです。 でもなんと、このエンデュアランス号は海底にしっかり直立し、もとのままの姿を保った素晴らしい保存状態! エンデュアランス号です ↓ 画像引用元:CNN Travel, 2022年3月9日 この映像を見たとたん、がぜん興味がわき『そういえば本が出てたよな~』と思って読んだのが、アーネスト・シャクルトン著の『エンデュアランス号漂流記』…
こんにちは。夢ノ命です。 今日は、夢ノ命のあこがれの人のお話です。 過酷なまでの困難な状況から、 仲間の心に火をともし続け、 全員を生還させた探検家をご存知ですか? イギリスの探検家アーネスト・シャクルトンです。 彼が仲間の心に灯した火とは………希望でした。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 【励ましの言葉が人を驚くほど変える/ジョン・C・マクスウェル著参考】 1914年のこと、世界初の南極横断という夢を実現するため イギリスのアーネスト・シャクルトン一隊が出航した。 だが、シャクルトン一隊は、上陸すらできなかった。 エンデュアランス号が氷の塊にはばまれて何ヶ月…
ヴァレリー・ヴィゴーダ ピアニストの父のもと幼少期から音楽に触れ、8歳からヴァイオリンを学ぶ。3年飛び級で15歳にしてプリンストン大学に入学。卒業後クラシックからエレクトリック・ヴァイオリンに転向し、シンディ・ローパーやジョー・ジャクソンらのツアーに参加。自身のバンド、グルーヴリリーを結成し、精力的にライヴ活動を行うが、育児のため10年間作曲に重点を置く。各地ディズニー・パークやディズニー・アニメに楽曲を提供。原案・作詞・主演をつとめた『アーネストに恋して』など、ミュージカルの創作にも注力。ライヴ・イベント・ミュージックのパフォーマーとしても活躍している。シアトル在住。 ある夜更け。寝不足が続…
これは、百年ほど前に活躍したイギリスの探検家で アーネスト・シャクルトンという人で、 イギリスでは英雄として知られているそうです、 彼が出した南極探検隊員の募集広告がこれです、 「求む男子。至難のたび。僅かな報酬。 極寒。暗黒の長い日々。絶えざる危険。 生還の保証なし。成功の暁には名誉と称賛を得る。」 凄いですね、笑 甘いことを言って募集するんじゃなくて、 最初から覚悟を持った人だけが来て欲しいと いうのが伝わってきますね、 当時のシャクルトンは人類史上初となる南極大陸の横断 を目指していました、 中途半端な気持ちくる人はお断りで、 心の底から「必ずできる」と思える人に来て欲しかった と思うん…
最近手に入れたバッジです。 まず、モーターバイクのラリーのバッジです。ラリーといってもレースではなくてツーリングのことのようです。上から2列目のバッジに DMTC と書いてありますが、これは Dublin Motercycle Touring Club の略。1970年前後の設立で現在も存続するダブリンのバイク愛好家のクラブです。いくつかのラリーのバッジがありますが、DMTC Riders Rally と The Way West Rally は DMTC が主催したものでまちがいないでしょう。Shamrock Rally は DMTC 設立前からあるラリーなのでたぶん違います。赤い三角形のE…
アサイ (Athy) 方面にはなんの下調べもせずにいったんですね。アサイに行ってから観光案内の看板をみてどこ行こうかと決める感じでした。で、近くのキルケア (Kilkea) というところにはキャッスルがあるということで行ってみました。 私の想像としてはエニスコーシー・キャッスルみたいに博物館的なものを予想していたんですが、高級ホテル & ゴルフコースになっていました。お城のホテルはコングのアシュフォード・キャッスルが有名ですが、ほかにもいくつかありますね。 キルケア・キャッスル お城は管理がたいへんなんで、個人が今でも住んでいるところは少なくて、だいたいエニスコーシーみたいに公的な機関が所有し…
キルデア県のアサイ (Athy) という町とその周辺の町・村に行ってきました。周辺の町・村というのは、キルケア (Kilkea)、キャッスルダーモット (Castledermot)。ムーン (Moone)、バリトア (Ballitore) などです。週末に近場の町まで行くのは3週連続。日が短くなるまでは続けようと思います。これまで言うほどアイルランドの国内を巡っていないなと思いまして。 このブログ記事ではアサイ (Athy) について書きます。アサイは 人口11000人ほどでキルデア県で6番目に大きい町です。ダブリンからは意外と近くて車で1時間ほど。イギリスのバンド、ザ・スミスのジョニー・マー…
こんばんは。 日曜日、月曜日は、行田のぞみ園はお休みです。お休みの日は、たまに本や絵本の話などをしています。お時間のある方はお付き合いください。 台風が近づいているというニュースに、やはり落ち着かない方もいらっしゃるのではないでしょうか。 でも私たちは、昔の人たちのように、毎日空を見上げたり、風や空気の湿り気で天気を予想するという苦労からは無縁ですね。気象予報士の方たちが出した天気の情報を毎日当たり前のように享受していることは、昔の人々からすればまさに魔法、奇跡に等しいことです。 振り返ればもう遠い時代に、南の果て、雪の大地の果てまで大冒険をし、何よりも天気に翻弄された男たち、そして犬たちがい…
このブログ「起業の技法」は、まるで私の月報のようになってしまいました。 6月度に、どのようなことを実践したかといいますと、次のようになります。 ◇6月度実践報告:5/13~6/25 1)フロントエンドセミナー1回目(5/26)をZOOMで実施。 2)フロントエンドセミナー2回目(6/02)をZOOMで実施。 3)フロントエンドセミナー3回目(6/29)集客(予定通りZOOMで実施)。 4)キャリアコンサルタントの所属団体の書類選考にて「キャリアドック」担当カウンセラーに選任された(5/21)。(キャリアドック:キャリアの定期診断)8月まで研修が続く予定(6月中は課題提出物 山のごとし)。 5)…
エンデュアランス号 大漂流 表紙 エンデュアランス号 大漂流 エリザベス・ゴーディー・キメル 著 千葉茂樹 訳 あすなろ書房 発行 2017年12月25日 18刷発行 1914年から1916年にかけての、南極大陸沿岸での遭難と奇跡の生還について述べられています。 1874年、アイルランドに生まれたアーネスト・シャクルトン。 10歳の時に家族とともにイギリスにわたる。 南極点には1911年12月アムンゼンのノルウェーの探検隊が初めて達した。 その一か月後、スコットが南極点にたどり着くが、生きて戻ることはできなかった。 アザラシは肉が食用となるだけでなく、分厚い脂肪が燃料にもなる。 アザラシのステ…
1914 年の後半、アーネスト・シャクルトンという名のアイルランド系イギリス人の探検家が南極大陸、南極の周辺の地域、への航海を、エンデュアランス号と呼ばれる船で行いました。この船は氷に覆われた海域でも進むことができました。アーネストの目標は徒歩で大陸を横断することでした。彼は彼を援助するための 27 名の隊員たちを船に乗せていました。そうして、1915 年 1 月、すべてがうまく行きませんでした。船は氷の中に閉じ込められ、全く動けなくなってしまったのです。 約 9 ヶ月間、アーネストと彼の隊はエンデュアランス号の中で生活しました。しかし 10 月になり、船が氷で傷んだために彼らは船を降りなけれ…
初の南極大陸横断を企てた、英国のシャクルトン隊長自らによる記録となります。 エンデュアランス号漂流記 アーネスト・シャクルトン:著 木村義昌・谷口善也:訳 中公文庫 個人蔵 まずこの本はダイジェスト版となるようで、巻末の解説で原書について触れています。 原書はそうとうな厚さのため、ここでは要約というかたちにしたそうです。 まずこのお話は史実であるため、緊張した空気を感じ取ることが出来ます。 氷に船を打ち砕かれた探検隊一行が、何とか生き延びようと切磋琢磨し、無事に生還を果たす物語です。どうにも過去の史実には驚くことばかりで、現代で同じようなことが起きた場合、同じような奇跡をもたらすことができるだ…