人は日々「べき」に追われている。疲弊している。少なくとも私はそう感じる。仕事なんか全部「べき」だろう。 「君の話は聞いた。だから、私の話も聞いて。」 そう言う人がいる。おそらくほとんど聞いてきてもらえなかったのだろう。きっとこうではないか。 「君の話は聞いた。なのに、何故私の話は聞かない?」 何故か? 「話すこと」は往々にして、「べき」の類ではないからだ。それは、「したい」に分類されるものだ。 人は日々「べき」に追われている。「べき」とは往々にして、「したくない」ことだ。「べき」以外のところで人は、「したい」をしたい。ぶっちゃけずっと「したい」をしていたい。 だがそうすると弊害が生まれるのも、…