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クロネッカーの青春の夢

(サイエンス)
くろねっかーのせいしゅんのゆめ

クロネッカーの青春の夢とは、「虚二次体のどんなアーベル拡大も、虚数乗法を持つ楕円関数の特異モジュールと等分値から得られる」だろうという予想のことである。
この名前は、クロネッカーがデデキントへ宛てた手紙の中で、この命題の証明を「私の最愛の青春の夢」(mein liebster Jugendtraum)と書いたことに由来する。

この数箇月の間、私はある研究に立ち返って鋭意心を傾けてきました。この研究が終結するまでにはなお多くの困難が行く手に立ちはだかっていたのですが、私は今日では最後の困難を克服したと信じます。そのことをあなたにお知らせするよい機会と思います。それは私の最愛の青春の夢のことです。くわしく申し上げますと、整係数アーベル方程式は円周等分方程式で汲み尽くされるのですが、まさしくそのように、有理数の平方根をともなうアーベル方程式は特異モジュールをもつ楕円関数の変換方程式で汲み尽くされるという事実の証明のことなのです。
(1880年3月15日クロネッカーがデデキントに宛てた手紙より。翻訳は高瀬正仁『高木貞治とその時代』による)

この予想はクロネッカー・ヴェーバーの定理「有理数体Qのどんなアーベル拡大も、指数関数の等分値(=1のn乗根)から得られる」を虚二次体の場合に拡張したもので、1877年の論文で表明されたが、漠然とした形では29歳でクロネッカーが数学に復帰した時の論文(1853年)でも述べられている。
クロネッカー自身は結局この予想を証明できなかったが

Kroneckerの残した結果や予想は、整数論において多大の興味をひき起こした。(谷山豊「歴史」)

実際この問題はそれ自身興味深いものであるが、当時にあっては、整数論代数学及び函数論の最高部門の交錯する数学のEl Doradoである所に、特に魅力があったのであろう。(高木貞治『代数的整数論』補遺)

1920年に高木貞治が類体論を用い肯定的に解決した。

なお「クロネッカーの定理を任意の代数体に拡張せよ」というヒルベルトの第12問題はクロネッカーの青春の夢をさらに一般化した問題だが、こちらは現在でも未解決である。

一松[一松信]の解説に「この問題は、Hilbertの23個の問題中でも、特に格調の高いものとされている」とある通り、ヒルベルトの第一二問題は「類体の構成問題」=「クロネッカーの青春の夢」として、 時代を越えて挑戦されて来た。ちなみに、ヒルベルトの第八問題が有名な「リーマン予想」であるが、第一二問題はそれに拮抗している。
[中略]

クロネッカーの青春の夢の虚二次体版は高木貞治によって明快に解決したのであるが、一般の代数体の場合はまったくといってよいほど未解決である。
(黒川信重「高木貞治とクロネッカー青春の夢」『現代思想』2009年12月号)

またアンドレ・ヴェイユはクロネッカーの青春の夢について通常と異なる見解を述べている。

しばしばこれを、1853年のQの場合の存在定理を虚二次体に拡張するもの、あるいは言い換えると、虚数乗法を持つ楕円関数の等分が虚二次体のアーベル拡大のすべてを与えるという予想を指すに過ぎないようにとる向きがあるが、これはどうもあまりに狭い解釈ではなかろうか。
[略]この予想は夢の一部、おそらくはその始まりに過ぎないであろう。クロネッカーがすべての虚二次体とそのアーベル拡大に拡張したいと望んだのは、円分体の類数の因子とそのp-進的な性質に関するクンマーの仕事のすべてなのである。
クロネッカーがベルリン学士院の諸論文で実行しようと企てたとてつもない計画はそれであったと思われる。
(A.ヴェイユ『アイゼンシュタインとクロネッカーによる楕円関数論』)

解説

アーベル方程式とアーベル拡大

ガロア理論によれば、方程式が代数的に解ける(=四則演算と巾根だけで解ける)かどうかはその方程式のガロア群によって決まる。しかしガロア理論は方程式が解けるかどうかの判定法は与えてくれても、解ける方程式を具体的に与えてくれるわけではない。そのため解ける方程式が実際に存在するかどうかはガロア理論のみでは不明のままである。

そこでクロネッカーは代数的に解ける方程式を「構成する」という問題を提出した。特にアーベル方程式(ガロア群が可換になる方程式)に注目し、係数の範囲を設定した上でアーベル方程式の構成するという問題を考察した(ただしクロネッカーの用語の定義は変遷していて、「アーベル方程式」を現行の意味に定めたのはジョルダンである。また可換群がアーベル群と呼ばれるのもここに由来する)。
アーベル方程式の構成というのは、体の言葉で言い直せば、アーベル拡大(体の拡大でガロア群がアーベル群になるもの)を構成するという問題になる。

有理数体のアーベル拡大とクロネッカー・ヴェーバーの定理

まずクロネッカーは「有理数係数のアーベル方程式の根は1のn乗根\xi_nの有理式で表される」と主張した(クロネッカー・ヴェーバーの定理)。
例えばアーベル方程式x^2-5=0の根は \pm\sqrt{5}=\pm\left(\xi_5-\xi_5^2-\xi_5^3+\xi_5^4\right)と書け、x^3+x^2-2x-1=0の根は2\cos\frac{2\pi k }{7}= \xi_7^{k}+\xi_7^{-k}\;(k=1,2,3)と書ける。
この主張は体の言葉で言えば「有理数体Qのどんなアーベル拡大も1のn乗根から得られる」「有理数体Qのどんなアーベル拡大も円分体の部分体である」などと言い換えられる。この定理により

  • 有理数体のアーベル拡大がどれくらいあるのかがよく分かる。
  • 有理数体のアーベル拡大を、適当な関数(指数関数)の特殊値によって具体的に構成することができる。

クロネッカーの主張は整数論の観点からも重要で、例えば円分方程式論を用いた平方剰余の相互法則の証明(ガウス)が成立する理由や円分体の整数論の重要さの一端を示している。
またクロネッカーは同じ論文で、ガウス数体Q(i)={a+bi | aとbは有理数}のどんなアーベル拡大もレムニスケートの等分値によって得られるだろうと予想している。この予想を任意の虚二次体に拡張したものがクロネッカーの青春の夢である。

虚二次体のアーベル拡大とクロネッカーの青春の夢

虚二次体とは、平方因子を持たない負整数dを有理数体に添加した体Q(√d)={a+b√d | aとbは有理数}のことである。
虚二次体に関連する結果としてクロネッカー以前に、虚数乗法を持つ楕円関数の等分方程式はアーベル方程式であること(アーベル)や、レムニスケート関数を用いた4次剰余の相互法則の証明(アイゼンシュタイン)などがあった。
クロネッカーはそれらを踏まえ研究を進め、虚二次体のどんなアーベル拡大も楕円関数の変換方程式(等分方程式やモジュラー方程式)の根から得られるだろうと予想した。この予想は特に整数論の観点から注目された。

われわれはこのKroneckerの研究の中に、sn函数の等分値の生成する体における素因子の分解、分岐、イデアルの単項化の問題など、後の代数的整数論を形づくった具体的要因のいくつかを見出すことができるのである。(谷山豊「歴史」)

予想の解決

デデキントへの手紙(1880年)の後、クロネッカーは亡くなるまで楕円関数についての論文を発表した(1883〜1890年)が未完に終わった。
虚二次体と楕円関数についての問題はヴェーバーの虚数乗法論に受け継がれ研究された。またヒルベルトは、クロネッカーが虚二次体について観察した単項化と不分岐性に注目し、類体(今でいう絶対類体)を定義しその性質を予想した(1898年)。
1920年、高木貞治はヒルベルトが重視した不分岐性の条件を捨てヴェーバーの定義を拡張した形で類体を定義し、任意のアーベル拡大についての理論である類体論を打ち立てた。そしてクロネッカーの青春の夢も類体論の応用という形で高木によって証明された。

「クロネッカーの青春の夢」の拡張

ヒルベルトは「23の問題」の12番目の問題として、クロネッカー・ヴェーバーの定理(有理数体のアーベル拡大の構成)やクロネッカーの青春の夢(虚二次体のアーベル拡大の構成)を任意の代数体に拡張することを求めた。

虚数乗法論

オリジナルのクロネッカーの青春の夢では楕円関数(≒楕円曲線 = 1次元のアーベル多様体)のモジュールと等分値によって虚二次体のアーベル拡大が構成されたが、高次元アーベル多様体の虚数乗法論の研究により、CM体(総実な代数体の総虚な二次拡大。CMは虚数乗法 Complex Multiplication から来ている)のアーベル拡大を(全てではないが)構成する理論が作られた。

多重三角関数

実二次体のアーベル拡大を構成するための関数の候補として新谷卓郎が提案した二重三角関数がある。二重三角関数は多重三角関数に一般化され研究がおこなわれている(→『多重三角関数論講義』)。


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