夏山の賦 (1) 山々は今日も歩いている 日に日に私から遠ざかってゆく 谷や尾根がうたを歌っている やがてそのうたも聞こえなくなるだろう (2) シラビソの森の中で 確かに私は聞いた 樹々の呟きが森全体と協和して 膨らみのある旋律が樹間に満ちているのを 鳥たちが声をひそめていたのは この森の歌を聴いていたからにちがいない それともこの歌は 山頂のカールから這松の海を越えて 可憐な花々の香りを届ける風の 生まれ変わりだったのだろうか (3) カールの壁をあとからあとから人が登ってくる まるで霧の底で人が湧いているかのようだ 岩ぶすまが起ち上がり無言で行列を見守っている 厳冬の頂なら たった一人の…