かれこれ40年くらい前、京都にその店はあった。 僕が伝え聞いたところによると、その店の経営者は3人だったらしい。喫茶店をやりたかった男と、ジャズが大好きな男、そして、蝶を愛した男の3人が集まって喫茶店をはじめた。 それが、『蝶類図鑑』だ。 暗い店の壁一面には蝶の標本が飾られ、JBLの大型スピーカーからは店の外まで聞こえるほどの大音量でジャズが溢れた。店内には淹れたてのコーヒーの香りと煙草の煙が螺旋状に絡まり合い、いつまでも消えることなく漂っていた。 ところが、店の中に入ってしまえば思いのほか静かだとも言えた。おしゃべりを楽しみにこの店を訪れるものはなかったし、流れつづけるジャズしかなかったから…