《Ⅱステュアート朝②》 前回触れましたが、ジェイムズ1世は王権神授説を主張「王の権限は神から授けられたもので不可侵あり、神以外に責任は負わない。」と宣言したのに対し、議会は、「Common Lawこそイギリスの古来の理念であり、法律がすべて(議会、王も含む)の上に立つと」反論しました。これを強く主張した法学者で王座裁判所長であったクックは王に罷免されましたが次の王の時も主張は変えませんでした。 しかし王室の財政は議会に認められない位逼迫し、国家財政の危機とも言われ、晩年には健康状態が次第に悪化し、痛風やリューマチ的な症状も出て、発作も起こすなど最後は三日熱というマラリア的疾病で遂に1625年に…