「トレント最後の事件」については、そのタイトルから、名探偵トレントの活躍するシリーズが前にあるものとばかり長らく思っていたのだが、この考えは誤りであることがわかった。 そもそもE.C.ベントリーが1913年にこの作品を書いた動機というのが、当時爆発的に人気の上がり始めていた推理小説の、従来――といってもまだ歴史はそれほど深くなかった――の定型性を打破すべく、一種のアンチテーゼを提示することであり、従ってこの一作だけで筆を折るつもりの、最初にして最後の事件だったのである。 と、これは末尾の解説を読んで知ったのだけれど、なるほどそう言われてみれば一風変わった点もないではない。 が、作品全体として捉…