クメール=アンコール王朝の最盛期は、ジャヤヴァルマン7世王の時代にもたらされている。 王は、源頼朝と概ね似た頃、この東南アジアの大国の支配者の地位にあった。 頼朝が鎌倉のまちを要塞としてこしらえたように、ジャヤヴァルマン7世もまた、王都アンコール・トムをそのようなかたちに再建している。 鎌倉は、四方を山と海とに守られた城塞都市であった。 アンコール・トムもまた、環濠と高い壁に囲まれた堅固な城であり、どちらもその中心に置かれたのは人の住む宮殿ではなかった。 座を占めたのは、国を鎮めるためのやんごとない宗教施設であり、 鎌倉の場合は、鶴岡八幡宮。 アンコール・トムにあっては、バイヨン寺院。 幕府政…