1953年(昭28)1月~12月 雑誌「婦人生活」連載。 1954年(昭29)講談社刊。 井上靖を読むのは何十年ぶりかになる。地方都市の裕福な医者の家に育ったヒロインの紀代子は京都の叔母の許に寄宿して、何か仕事を見つけて働こうとするが、生活に追われる境遇でもない。郷里に残った幼馴染の文学青年と、京都で知り合った遠縁の学究肌の青年と、偶然出会った人当たりのいい中年の彫刻家との三人との関係を通しながら自分にとっての真の愛情とは何なのかを考え続ける。 異様に思えるのは、彼女が驚くほど積極的に、ある意味では無防備にも彫刻家の男の誘いに応じ、名所見学と食事を共にすることで、しかもその機会を自分から追い求…