岩波文庫197ページ「おほよそ徳山それよりのちも、させる発明ありともみえず、たゞあらあらしき造次(ぞうじ)のみなり。ひさしく龍潭にとぶらひせば頭角触折(とうかくしょくせつ)することもあらまし、頷珠(がんしゅ)を正伝する時節にもあはまし。わづかに吹滅紙燭(すいめつしそく)をみる、伝燈に不足なり。」 おおよそ徳山禅師はこのエピソードの後もこれといって仏道を明らかにしたとも見えない。ただ乱暴な振舞いだけが伝わっている。長く龍潭禅師に学んでいれば、龍潭禅師の仏道の真髄(龍の角)に触れて仏道を体得できであろうし、龍の顎の下にあるという珠(龍潭禅師の仏道の真髄)を受け継ぐときにも出会っただろう。わずかに「…