私のマンションの近くに、中原街道という幹線道路がある。その歴史を調べたところ、鎌倉時代以前からある古道で、中原街道と呼ばれるようになったのは、徳川家康が江戸時代初期に鷹狩りのために平塚付近に造営した中原御殿と江戸との往来のために利用したためという。私は、川崎市の武蔵中原が「中原街道」の名前の由来と思っていたのだが、大きな誤解だったようだ。 私は都心方向にいつもサイクリングする時、西五反田の「中原口」交差点まで中原街道を利用することが多い。しかし今回は、反対方向の平塚に向かってサイクリングし、中原街道の終点である中原御殿まで行ってみることにした。 (1)サイクリングルート 今回のサイクリングルー…