日本国有鉄道が、1986年に通勤型気動車として、国鉄キハ35系気動車の主要機器を流用して改造名義で製造された。 国鉄キハ37形気動車で実用化された直噴方式のエンジンを搭載。 片側両開き3ドアロングシート、片運転台となっている。 当初、八高線に配置され、同線唯一の冷房車として重宝された。 JR化後も引き続き使用され、八高線電化に伴い1996年に八高線での使用を終了し、久留里線に転属後は、2012年11月30日まで使用された。
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13. キハ38形はなぜ民生用エンジンを採用したのか──DMH17・DML30との比較で読む国鉄末期の決断 この記事では、キハ38形の走行用エンジンが従来の国鉄制式エンジンではなく、民生用エンジンを改良して採用するに至った経緯を取り上げます。 DMH17系やDML30系が抱えていた“燃費の割に非力”という課題と、時代の変化がもたらした技術転換を振り返ります。 ■ 長年の標準機関 DMH17系──“燃費の割には非力”という宿命 冷房装置が従来の国鉄制式品にとらわれない、汎用的なバス用部品を導入することで製造コストの軽減を図ったように、気動車の動力源である走行用エンジンも国鉄制式のものではない民生…
12.バス用冷房装置を鉄道へ──AU34形とAU75形の構造・性能比較 この記事では、キハ38形に搭載されたAU34形冷房装置の仕組みと、国鉄標準のAU75形との違いを、電源方式・構造・冷房能力・保守性の観点から詳しく解説します。 バス用冷房装置を鉄道車両へ転用した背景や、サブエンジン式がもたらしたメリットについても取り上げます。 ■ AU34形:バス用冷房装置を鉄道車両へ この冷房装置はAU34形と形式名を与えられました。従来の気動車に使われてきた発電セットによる電源供給を必要としたAU13形ではなく、走行用エンジンとは独立した冷房装置専用のエンジンを冷蔵装置内に内蔵し、その動力によってコン…
11.キハ38形の冷房装置とエンジン技術──AU34形採用と民生用エンジン導入の背景 この記事では、キハ38形に搭載された冷房装置AU34形や、国鉄制式にとらわれず民生用エンジンを採用した背景について整理します。従来のAU13形・AU75形とは異なるバス用冷房装置の導入、サブエンジン方式による1両単位の冷房運転、そしてDMH17系・DML30系に代わる新たな動力源の採用など、国鉄末期の技術的転換点がキハ38形には色濃く表れていました。 《前回からのつづき》 ■ キハ38形の冷房装置:国鉄標準からの脱却 キハ38形は製造当初から冷房装置が搭載されていました。従来、国鉄の車両は特急用車両や一部の急…
10.キハ38形の技術と設計思想──キハ35系から進化した通勤形気動車の特徴と軽量化の工夫 《前回からのつづき》 blog.railroad-traveler.info ■ キハ38形の設計思想と技術的特徴 1986年に登場したキハ38形は、従来の通勤形気動車であるキハ35系の構造を踏襲しましたが、キハ35系が登場したから既に20年以上の年月が経ち、この間、鉄道車両の製造技術も発達していたことから、当時の最新技術を採り入れて設計されました。 車体は乗降用扉を3か所設け、幅1300mmの両開き戸であることはキハ35系と同じでした。しかし、キハ35系は前述の通りステップを3か所設けるために台枠を切…
9.国鉄分割民営化と気動車600両更新問題──キハ35系が“代替不能”とされた理由 この記事では、国鉄の分割民営化が確定した1986年に浮上した“600両の気動車更新問題”と、ローカル線用車両の老朽化が進む中で、なぜキハ35系だけは代替が効かず、新たな通勤形気動車としてキハ38形が誕生したのかを解説します。 《前回からのつづき》 blog.railroad-traveler.info ■ 分割民営化の確定と新型気動車600両の必要性 国鉄の分割民営化が確定した1986年になると、特定地方交通線の処遇もはっきりしたこともあって、ローカル線で運用することを前提とした気動車の新製についても確定してい…
8.キハ37形からキハ38形へ──国鉄末期の気動車政策と通勤形気動車誕生の背景 この記事では、次世代の一般形気動車として登場したキハ37形が、なぜ5両で製造が打ち切られ、そしてどのような経緯で最後の通勤形気動車キハ38形へとつながっていったのか、その背景を整理します。国鉄末期の気動車政策は、特定地方交通線の廃止や需給バランスの混乱、老朽車両の置き換え計画などが複雑に絡み合い、キハ35系の代替問題を含めて大きく揺れていました。こうした状況の中で生まれたキハ38形は、国鉄分割民営化を目前に控えた1986年に設計・製造された、最後の通勤形気動車でした。 《前回からのつづき》 blog.railroa…
7.キハ35系の縮小とキハ37形開発の背景──電化政策・全国運用・国鉄財政悪化を読み解く この記事では、八高線・相模線の電化によって縮小していったキハ35系の運用と、国鉄末期の財政悪化の中で誕生したキハ37形の背景について解説します。 《前回からのつづき》 blog.railroad-traveler.info ■ 八高線・相模線の電化とキハ35系の縮小 一方、八高線と相模線は国鉄時代に電化されることはありませんでした。しかし、1987年に国鉄が分割民営化され、これら2路線はJR東日本に継承されると状況が大きく変わっていきました。非電化のまま残ったこれら2路線のために、わざわざ気動車を運行させ…
6.キハ35系の全国展開と終焉──関西本線から房総・首都圏非電化路線まで支えた通勤形気動車の歴史 この記事では、1961年に登場した通勤形気動車・キハ35系が、どのように全国の非電化路線へ広がり、どのような役割を果たしていったのかを振り返ります。 《前回からのつづき》 blog.railroad-traveler.info ■ キハ35系の登場と関西本線での活躍 1961年から量産がはじめられたキハ35系は、先ずは前述の関西本線で運用するために奈良気動車区(後に電化により奈良電車区、現在は検修部門の分離により吹田総合車両所奈良支所)に配置されました。順次増備されるとともに運用範囲を広げていき、…
4.関西本線(大和路線)が近鉄に敗れた理由:国鉄の冷遇と気動車時代の実態 《前回からのつづき》 blog.railroad-traveler.info ◆買収路線ゆえの冷遇と放置 大和路線(関西本線)も奈良線と同様に、もともとは関西鉄道によって建設・開業した私鉄の鉄道線でしたが、鉄道国有法によって国有化された歴史がありました。関西本線という「本線」を名乗る幹線鉄道という位置にあったため、都市近郊輸送の路線というよりは、名古屋発着の長距離列車を運転する方に重きをおいていたこともあってか、短距離輸送はあまり顧みてこなかったといえます。 加えて、奈良線と同様に近鉄奈良線・生駒線が並行していました。近…
2.なぜ奈良線と関西本線は非電化のまま放置されたのか──国鉄の投資思想と気動車運用の歴史 この記事では、国鉄時代に非電化ローカル線で活躍したキハ10系・キハ20系をはじめとする気動車の歴史と、都市圏では電化が進む中で“例外”として非電化のまま残された奈良線の背景について解説します。 観光地輸送を担いながらも電化が後回しにされた理由や、当時の国鉄の路線事情を、現場の視点から振り返ります。 《前回からのつづき》 blog.railroad-traveler.info ■ 国鉄気動車の主戦場は非電化ローカル線だった 国鉄の気動車は主として非電化ローカル線での運用が多く、古くはキハ10系、軽量化された…