桜の花が梅の香を漂わせて柳の枝に咲くような姿だと、聞くだけでも心惹かれるよう な人が一人で住んでいるという噂、雅な男がその名に心を動かして、山の井の水に憧れ るような恋もある。香山家と聞こえるは、表札の従三位を読むまでもなく、同族中でも その人ありと知られている。流れる水も清い江戸川の西べりに和洋風の家作りは美を 極めているとは言えないが、通る人が足を止めるほどの庭木の数々。翠滴る松と紅葉の あるお屋敷といえば、世に知れ渡っている。 人に知られているのはそれのみならず、一重と呼ばれる姫の美しさは、数多い姉妹を 差し置いて肩揚げの取れない頃から。さあ若紫の行く末はと心寄せる人も多かったが、 空し…