岩波文庫146ページ「いはゆる仏祖の保任する即心是仏は、外道二乗ゆめにも見るところにあらず、唯仏祖与仏祖(ゆいぶっそよぶっそ)のみ即心是仏しきたり、究尽(きゅうじん)しきたる聞著(もんじゃ)あり、行取(あんしゅ)、証著(しょうじゃ)あり」 仏祖が体得している即心是仏は、仏教以外の思想の人々や頭だけで仏教を考えている人々や感覚を頼りに仏教を勉強しようとする人々には夢にも見ることはできない。ただ仏祖と仏祖のみが即心是仏を体現し、極め尽くし、聞いたり、行動したり、体験して実証しているのである。 即心是仏は坐禅の境地・内容だと思っている。坐禅以外の方法では体得できない。頭で理解するものではない。理屈・…