われわれの大部屋に、ひとりの患者がやってきた。両眼の網膜に損傷があり、放置すればいづれ失明のおそれあり、ということであった。いつもぼんやりと窓の外をながめては病院生活のながい一日を潰していた。とりわけ夕暮れどきには、何か貴重なものを見ているかのように、昼と夜とのあいだの微妙な色あいに染まった遠くの天空をじっとながめていた。 治療がすすむにつれ日に日に、かれの憔悴が目だってきた。憔悴の度に比例して、かれの態度が横暴といえる程にわがままになってきた。朝の検温にきた看護師にむかって「✳✳さんはどうした、あんたじゃいやだ、✳✳さんを連れてこい」と駄々をこねる。夜の見回りにきた看護師をつかまえては「いろ…