1560年〜1639年
戦国武将。徳川家臣。通称は大久保彦左衛門。著書「三河物語」でも知られる。
大久保忠員の子で大久保忠世の弟に当たる。 1576年の遠州乾の合戦が初陣。以後、家康・秀忠・家光の徳川3代に仕える。 1613年の大久保忠隣改易後に千石取りの旗本となる。 1632年には二千石に加増されている。
*「どうする家康」で大久保忠世を演じた小手伸也。なんとなく、大久保一族の風貌を彷彿とさせます(NHK) 【あらすじ:中巻】 一向一揆を抑え三河を平定した徳川家康は、武田信玄と不可侵の約を結び、今川の領土である遠江国へ侵攻する。信玄は駿河国を襲うが、その後遠江国へも侵略の手を伸ばし、戦いの火蓋が切られようとしていた。しかし織田は徳川に対して援軍を送らず、家康は三方ケ原の戦いで信玄に完膚なきまでに敗北してしまう。大久保一族も犠牲がでたが、大久保忠世は敗北後に武田軍に夜襲をかけて、徳川軍の意地を見せた。 ところがその信玄が死去する。後を継いだ武田勝頼は、猛将だが軍略と治世の能力に欠け、長篠の戦で信長…