大山祇命は、記紀神話に登場する山をつかさどる神である。 古事記では大山津見神と記す。 古事記では、伊弉諾尊(いざなぎのみこと)の子とされ、足名椎(あしなずち)・手名椎(てなずち)や木花之佐久夜毘売(このはなのさくやびめ)(木花開耶姫)の父であり、天津神(あまつかみ)に対する大地の国津神(くにつかみ)として登場する。
こんにちは sannigo(さんご)です。いつもありがとうございます。今回の古の神様を祀る神社は、静岡県磐田市中泉御殿に鎮座する『遠江國 府八幡宮』です。
東京・関東巡り:記事一覧 社寺祠堂巡り:記事一覧 はじめに 港区に愛宕山という山がある。 標高は25.7mしかないが、自然地形の山としては都内最高峰となっている*1。 この山は江戸の頃から「伊勢へ七度 熊野へ三度 芝の愛宕へ月参り」(最後は「愛宕様へは月参り」とも)と言われ、多くの錦絵に描かれているほどの人気がある(上の画像は昇亭北寿画『東都芝愛宕山遠望品川海図』)*2。 また明治以降では、『鉄道唱歌』1番の「汽笛一声新橋をはや我汽車は離れたり 愛宕の山に入りのこる月を旅路の友として」という歌詞でも有名だ。 そんな愛宕山には、江戸時代から愛宕神社が鎮座している。 周辺は再開発が進んでいるし、愛…
ヤマザクラまず警蹕(けいひつ)が神降し 4月に入ると、静岡市では静岡祭りが催されて家康行列や夜桜乱舞などで賑わう。静岡浅間神社では、廿日会祭が斎行され、伝統的な稚児舞や稚児行列などが街を練り歩く。春の到来を桜とともに祝う明るい季節だ。 ちょうどこの期に昇祭と降祭という、これも伝統的な行事が行われていることを知り見学に伺った。昇り祭は4月の3日だったが、大雨が降るという予報を見て見学を中止。降り祭が4日の午後4時からなので期待して出かけた。 この神事は、浅間神社の祭神である木之花咲耶姫(このはなさくやひめ)が、父である大山祇命(おおやまつみのみこと)の坐す麓山(はやま)神社へ神幸され、一泊して戻…
上社から車で50分程。吉野山を挟んで西方面へ向かい南下した所に下社があります。到着すると大鳥居の正面に霧がサーと通って幻想的でしたね。年末といっても閑散とした山の麓なので参拝客は少ないです。 おおー!結構、上の方に本殿がありますね。中社もこんな感じでしたが、下社の方がかなり高い位置にあるようです。この階段のことを古い言葉で「きざはし」と呼びます。6月1日にしか登排できないようです。それにしても古い社殿で貫録があります。右手に馬ちゃんが!私達を見つけてこちらに駆けよって挨拶してくれましたよ! 可愛いですね~。ナデナデしていたら、袖をグイっと引っ張られ、「中に入れ」と言わんばかり(笑)とても愛嬌が…
昨日あんなに天気が良かったのに朝は雨が降って曇天空。翌朝、丹生川上神社(上社)に到着する頃には雨は上がりました。神社はS字の山を上って行きますが、狭いので車で行かれる方はご注意ください。神社の一番上にも駐車場はありますが、沢山は停められないです。下にも駐車場はあります。駐車場の向い側は社務所。 山の高台にあり「天空の神社」と呼ばれているだけに空と山が近く感じます。龍神総本宮である上社。龍が近くにいる気配を感じます。 こちらから「おおたき龍神湖に沈んだ元宮」を遥拝できます。 生憎、どこを見ても霧だらけですが。のぼり旗の龍の絵が可愛い。 丹生川上神社(上社)早朝なので参拝者はほどんといません。 「…
戸隠神社奥社『随神門』。大自然は素晴らしいが、この先の奥社・九頭竜社参拝は長蛇の列だった。 2023,3,17 信州安曇野『仁科神明宮』は、結構昔から着目してきたわけだが…。最近思うに、この戸隠神社奥社と仁科神明宮がどこか似ているなぁと…。今回は戸隠神社と仁科神明宮の対比から見えてくるものを、クローズアップしたい。 (´(ェ)`) ~目次~ 仁科神明宮とは? そもそも信州はサルタヒコ遺伝子が強かった。 信州から大和・伊勢・中国地方出雲へ流れたサルタヒコ子孫。 戸隠神社と仁科神明宮の放射状レイライン。 仁科と戸隠、アマテルとスサノオと九頭竜モチコの因縁関係を擬えている?。 やっぱり日月神示『蛇ヶ…
主祭神: 大山祇命(おおやまつみのみこと) 積羽八重事代主神(つみはやえことしろぬしのかみ) 社格等:式内社(名神大)、伊豆国一宮、伊豆国総社、旧官幣大社、別表神社 主祭神二柱を総称して三島大明神と称する。 土着信仰との関わりが強い神社には良くある事だが、三島神とは「御島神」、つまり伊豆諸島の神であり、ニ柱とも後世に記紀の神を当てたに過ぎないと思われる。 元々は三宅島に鎮座していたとされ、下田の白浜を経て当地に遷座したというのが有力説である。 三島神と三嶋大社の歴史を巡っては、同じオオヤマツミを祀る伊予国(愛媛県)の大山祇神社(おおやまつみじんじゃ)との関連、祭神変更の経緯など興味深い要素が多…
2月24日(土) H神社の森の整備(有料ボランティア予定)の準備に参加しました H神社の裏参道がH団地内の道に面していて そして外側からは 鎮守の森は鬱蒼として少し荒れた感じもうけました 少し早く着いて時間があったので 神社にお参り(ご挨拶)をするために暗い裏参道を降りて 境内に入ると木々の枝を被った拝殿が目に入りました 神社名は書いて無かったのです 早速お参りをして そして瑞垣の周りを一周 ・・・・・・っ て あれ? 本殿が2社ある って後で写真で気が付いたんですが 何でしょう 大きい方の本殿の千木からは女神様 でも鰹木からは男神様 此れも何でしょう 小さい方の本殿は丁度瑞垣で隠れてしまって…
マッキー 上野國の神様に 御挨拶させて頂きました 二宮赤城神社に参拝させて頂きました 立派な社号の石柱と 真っ赤な鳥居がお出迎えしてくれます 一礼して中に入らせて頂きます 鳥居の先にはステキな鐘楼が ステキステキステキです 歩いて行くと真っ赤な太鼓橋が 目の前になんと随神門が 本当ステキステキステキ サイコーの風景が目に飛び込んでくる 太鼓橋を渡り右側に手水舎が 心清めさせて頂きます 随神門に一礼して中に入らせて頂きます 左側に社務所があります 右側に立派な神楽殿がたたずんでいます 左側に茅葺き屋根の立派な神殿が 拝殿左側に天満宮があります 拝殿は本当に古き良き作りです ステキステキステキです…
青物横丁から新馬場にかけての旧東海道を中心に歩いた2019年3月8日のこと…… 常行寺山門前の路を少し北に歩くと、私の好きな路地……突き当りは旧東海道。 「御嶽稲荷神社」の表札……(品川区南品川2-12-11) 元は現在の品川区広町(東海道線の西側・五反田駅の北側で、現在はJR東日本東京総合車両センターや引き込み線になっている)にあった「三岳権現社」が、1601年に当地に移転したらしい。江戸時代に入り東海道宿駅伝馬制度が定められ、第一の宿駅となったタイミングで品川宿に移転したと勝手に考えている。 残念ながら柵があって近づけないので、外から二礼二拍手一礼 門柱の表札は「御嶽稲荷神社」だったが、社…
山梨県富士吉田市大明見『金山神社』。太神宮七廟『宮守大神(ニニギ夫妻)』と思われる。 境内には承久の乱首謀者、藤原光親首塚。富士朝周辺の村人に学問の重要性を説いた。 2024,1,29, 能登半島を代表する大祭、伊夜比咩神社の『向田の火祭』とは?。 共通項として浮上してきたのが、宮下文書ニニギ外寇親征の役で活躍したコトシロヌシ一族と越後一宮『彌彦神社』。 さらに今回…。能登半島珠洲市『須須神社高座宮』に、なんでニニギとコノハナサクヤが祀られているのか、ちょっとわかったような気がしてきた。 (´(ェ)`) ~目次~ ニニギ『外寇親征の役』 コノハナサクヤヒメとコトシロヌシの死 ヤヒコの火 国譲り…
いつもの里山の新ルートを歩いてみるの巻。
JR鴨島駅から東へ線路沿いに行き、踏切を渡った北側に鎮座している神社。 この辺り、同じ名前の神社多すぎて、区別するのに苦労します。(若宮神社もたくさんあります。) 目次 由緒 御祭神 若宮神社の場所 由緒 創立年代不詳です。本殿が、昭和60年1月の火災により焼失、昭和61年に再建された新しい社殿です。 大鳥居は大正6年に建立してます。 御祭神 御祭神は、大雀命(おおささぎのみこと)、大山祇命(おおやまずみのみこと)、大名持神(おおなもちのかみ)です。 社殿に向かって左側に2本のクスノキが合体した御神木が佇んでおります。 火災により再建された為でしょうか、境内は非常にスッキリしています。 若宮神…
晴天のもと、素晴らしき初登り。
宅宮神社えのみや、経塚大権現、蔵元八坂神社、 熔造皇(ようぞうのすらめ)神社, 八人塚古墳、経塚大権現、佐野神社、勝占神社、五王神社、 宅宮神社を訪ねた時に、溶造皇神社と経塚大権現へたどり着けず、宮司さんにそれらのことを聞きました。ご親切にも調べてくれて自宅まで写真などを届けてくれました。 近春の徳島再訪に是非ともそれらを訪ねたいと思っております。 宅宮神社、周辺地図 宅宮神社・えのみや 山門 拝殿 経塚大権現 天若日子の神陵である。 「天若日子」は葦原中国平定の際に「天穂日命」の次に遣わされ、天孫族から大国主神に寝返ったとみなされたことから何らかの形で処刑(神話では弓矢で射殺)されています。…