講談社文芸文庫「湯川秀樹 歌文集」(細川光洋選; 2016年)を中心にして湯川秀樹著作集の中の6「読書と思索」と7「回想と和歌」を参考にしつつ、ノーベル物理学賞受賞者湯川秀樹博士が深く広い東洋的学識を備えた伝統的な文人であり詩情豊かな歌人でもあった、ということを紹介したい。 まず、その生い立ち。父上は東大卒の地質学者小川琢治京大教授であるが、彼の父親、すなわち湯川の祖父は南紀田辺藩の儒者浅井南溟。母方の祖父、小川駒橘も漢籍の素養があり、この祖父から秀樹たち孫は修学前から漢籍の素読を教わった。読んだものは、大学、孝経、論語、孟子から始まって、学校時代には十八史略、史記、春春秋左氏伝といろいろと習…