吉田健一『時間』、講談社文芸文庫、1998年(初版1976年) 時間がたつのを感じることは、たんに時計が動くのを見ることではなく、今ここにいる自分と自分のいる今ここの世界の変化を認識することそのものだという。これは生きて親しむことと別ではない。吉田健一は、いわば時間の抽象化を斥けて、時間を徹底して具体的な事物、状況、世界に内在させるがゆえに、時間こそが世界として広がるのだと論じるのだろう。この時間としての世界はまるごとの全体であって、物質に限定されはしないし、精神と言葉の及ぶかぎり広がるから事実か虚構かという区別もなく、現在も過去も包括して、ただそこにあって脈打っている。 * 過去に触れるとい…