将棋の板谷進(当時)八段と、寿司屋でちょくちょく、ご一緒した時代があった。 初対面のとき、私はひと眼で八段と気づいたが、板さんも女将さんも将棋にはまったく不案内らしく、たまに一人でふらりとやって来る中年の客とだけ、思っていたらしい。いつも銭湯帰りに寄られるのだろう、やゝ上気したお顔で、髪も乾ききってはいなかった。 きびしい勝負のあと、寛いでおられるのであろうから、初めはあえて声をお掛けせずにいた。何度目かに、席が隣り合せた。板さんや女将さんと、あまり会話が弾んでいない様子だったので、視かねてついに、 「板谷進先生で、いらっしゃいましょ?」 ほう、ようやく将棋を知ってる奴が現れたかとばかりに、話…