一枚のCDを聴いている。自分が住む高原のコンサートホールでそれを手に入れてから何度再生した事だろう。そのジャケット裏にはサインがしてある。それは奏者自らが目の前でサインをしてくれたのだった。そして僕はその奏者の手を握るのだった。ぎこちなくしかし確実に差し出された右手に僕は触れ、握った。硬質とも思えた音なのに奏者の手も指も柔らかかった。固い音ばかりではない、時に力を抜き柔らかいタッチもある。それを可能にするのはそんな手指のお陰だろう、そう思った。 ステージの上に一台のピアノが置いてあり何気なくそこに会場の光が集まっていた。ピアノは見慣れたスタインウェイではなくベーゼンドルファーだった。ああ、これ…