21年前、父が病気になったとき、私はどうしてもじっとしていられず、写経を始めた。「病状平癒」と書き添えて、毎日一枚、一日も欠かさず続けた。 父は強運の持ち主だった。私が幼い頃、交通事故で生死をさまよい、その後も、仕事中の感電事故、海外出張中の盗難被害、戦争からの帰還──何度も命の危機をくぐり抜けてきた人だった。 そんな屈強な父が、病で8か月間意識不明のまま、私の願いも届かず、あっけなく帰らぬ人となった。 写経は、いつの間にか200枚を超えていた。 その後、夫が50歳で癌を患ったときも、私はまた写経を始めた。ただただ、無心で筆をとる日々だった。 けれど今は、誰かのために写経をするという必要がなく…