私は、日々習慣を大事にして生活していますが、最近、身体の現象学を勉強していて思うのは、やっぱり日々の習慣が自分を作っていくんだなという事です。 例えばコーヒーを飲むという場合にも、自分の身体の一部である手がコーヒーカップを持ち口の運ぶわけですが、そこにはコーヒーという物体があり、コーヒーを飲むという行為は、身体とコーヒーとともにあって初めて成立します。すでに、特に何も考えなくても、そこにコーヒーの入ったコーヒーカップがあれば勝手に手がコーヒーに口に運んでくれます。自分にとってもはや、コーヒーカップが物体であるとともに身体の一部である手も道具=物体のように使っています。ですが、単なる道具ではなく…