『1532年(天文元年)、栄源によって開山された。その後江戸時代初期、宥昶によって中興された。 境内には、大きなイチョウの木があることから「イチョウ寺」と呼ばれている。 また境内の不動堂には、「五分一不動」と呼ばれる不動明王像と「衣更観音」と呼ばれる観音菩薩像が安置されている。この衣更観音は秘仏で、住職一代に一度しか開帳できないことになっており、代替わりの開帳の度に衣の色が変わっていることが名称の由来である。 』 光福寺 (江戸川区) - Wikipedia 新義真言宗で長松山延命院といい、通称「五分一不動尊」または「いちょう寺」と呼ばれています。天文元年(1532)海成坊が開山し、本尊に春日…